5 肥料消費および漁業活動を含めた
フローの計算






 前章では農産物貿易による各国の窒素・リンの収支について検討した.そこで,本章ではさらに人間活動にともなう窒素・リンのインプットとして肥料消費と漁獲を加え,全体として各国環境に対しどの程度のフローになっているかを計算する.さらに収支の合計から,各国の国土面積・農地面積あたりのインプットを計算し,比較する.

 なお,国内で生産される農産物に含まれる窒素・リンについては,最終的に国内環境へと放出されるものであるため,国という単位での収支には関与しない.したがって,本研究では国内農産物は対象外とした.また,肥料については貿易量ではなく消費量とした.これは,化学肥料が土壌由来ではなく,空中窒素や地下資源であるリン鉱石から生産されるものであることによる.すなわち,各国の自然環境にとっては肥料の消費は窒素・リン成分の純粋なインプットであると考えられる.


5-1 統計資料および計算方法について

 肥料消費量の統計は,FAO Yearbook Fertilizer(F.A.O., 1994a)に掲載されているConsumptionの数値を用いた.年ごとの変動による影響を防ぐために,貿易統計と同様1987年から1992年までの6年間の数値を平均して,各国の肥料消費量とした.リン肥料の消費量についてはリン酸(PO)に換算した数値が掲載されているため,係数0.436をかけて純リン量(tP)に換算した.

 漁獲量の統計は,FAO Yearbook of Fishery Statistics −Catches and Landings−(F.A.O., 1992b)に掲載されている,A-2: Fish, crustaceans, mollucs, etc., Nominal catches by countries or Areas., All fishing areasの数値を用いた.全漁獲物についてその組成をイワシで代表し,3-1で計算した生イワシの成分含量,窒素:6.0%,リン:0.82%を用いて,漁獲によるインプットを計算した.

 4章で計算した農産物貿易による収支に肥料消費・漁獲を加え,フローの合計とした.



5-2 農産物貿易・肥料消費・漁獲による各国のフローの合計

 上記の方法で計算されたフローの合計を巻末表 II に挙げる.また,上位10カ国を図5-1に挙げる.

 計算の結果,肥料消費・漁獲を含めると輸出国を含めたほとんどすべての国で収支がプラスとなった.その中で中国・旧ソ連・インド・アメリカ合衆国は上位を占め,5位以下に大きく差をつけている.また,中国および旧ソ連は肥料消費が非常に大きく上位4国の中でも特にインプットが大きい.しかし,上位4カ国を除くと日本は窒素で1位,リンでは2位と非常に高いインプットとなっている.

 一方,下位を見ると窒素については5カ国(アルゼンチン・パラグアイ・ガボン・モントセラト・赤道ギニア),リンについては3カ国(アルゼンチン・パラグアイ・モントセラト)がマイナスとなっている(巻末表 II 参照).これは肥料や漁獲によるインプットを上回る量の窒素・リンが,農産物輸出によってこれらの国の農地から奪われていることを意味する.この点については,第7章で再び検討する.


5-3 国土・農地面積あたりの合計インプット

 4-2と同様に,国の大きさを考慮して各国のインプットを比較するために,国土面積および農地面積(出典については4-2参照)により合計インプットを割って比較した.この結果を表5-1,2に挙げる.



 結果を見ると,貿易量と同様に,農地や国土の面積が小さい国や地域が非常に高い値となる.しかし,その中でも,貿易収支で高い位置にあったオランダ・デンマーク・ベルギー・日本・韓国などは上位に入っている.また,ドイツ・イギリスなど貿易によるインプットが小さい国も,単位農地面積あたりの肥料消費が多い結果として,上位に入っている.単位国土面積あたりのインプットで見ると,島嶼国や特別経済地域(香港・マカオ)など国土面積が1万km2以下の国および地域を除けば,上位から窒素についてはオランダ・デンマーク・イギリス・ベルギー・韓国・ドイツ・北朝鮮・日本となっており,日本は第8位となる.リンについてはオランダ・韓国・ベルギー・ドイツ・日本・イギリス・デンマークとなっており,日本は第5位である.

 以上の結果から,人間活動に由来する窒素およびリンのインプットを面積あたりで比較した場合,日本は世界各国の中の上位に入っているが,オランダ・デンマークなどのヨーロッパの国や,韓国・北朝鮮などの極東地域の国についても日本と同じかそれ以上のインプットをもつことが分かる.

 これまでに得られた情報を用いた考察を次章から行う.6章では日本において農産物貿易を含む人間活動と自然環境中の窒素・リンフローとの比較を行い,人間活動が自然環境に及ぼす影響について考察する.さらに7章では,日本以外の輸入国および輸出国について,農産物貿易がもたらしうる問題を検討する.






[ Reference ]

F.A.O, FAO Yearbook Fertilizer 1992, 1994a

F.A.O, FAO Yearbook of Fishery Statistics −Catches and Landings− 1992, 1994b

F.A.O, FAO Yearbook Production 1992, 1994c