4 貿易による各国の窒素・リン・
カリウムの収支量の計算






 本章では,農産物貿易によって移動する窒素・リン・カリウムの移動量を計算し,さらに得られた収支を,国の規模を考慮して比較する.さらに,貿易にともなう元素の移動という視点で見たときに日本は諸外国の中でどのような特徴を持っているか,また同様な特徴を持っている国はあるのか,などについて検討する.


4-1 各元素の純貿易量の計算

 それぞれの国について窒素およびリンそしてカリウムの収支を計算した.カリウムについては過去の研究論文が不足しているため,自然界における循環との比較はできなかった.しかしカリウムも植物栄養分の3要素として知られる元素の一つであり,農業における肥料成分としての消費も大きいため,参考として数値を挙げることにした.


貿易品目の選択

 FAO Trade Yearbook(F.A.O., 1994a)およびFAO Yearbook of Forest Products(F.A.O., 1994b)の数値を参照し,各品目について1992年の総輸出量と総輸入量の平均から貿易の世界総計を求めた.  各元素について収支をより高い信頼度で計算するために,窒素・リン・カリウムそれぞれの元素含有率(重量%)を4訂食品成分表(香川, 1995),日本標準飼料成分表1987年版(農林水産省農林水産技術会議事務局, 1987)およびその他の資料(福澄ほか, 1972;桜井, 1986;日本ゴム協会, 1973;日本化学会, 1986;化学大辞典編集委員会, 1960;農林省林業試験場, 1961)の数値から計算した.この結果を巻末表Iに挙げる.

 農産物貿易の世界総計に各成分の含有率をかけることで,各元素の貿易について各品目の寄与率を計算した.この結果から,18品目の合計で3元素すべてについて80%以上を占めることが分かり,この18品目を対象として計算を行うことにした(表4-1および図4-1).その内訳は,牛肉・粉乳・コムギ・コメ・オオムギ・トウモロコシ・その他の穀類・マメ類・コーヒー豆・カカオ豆・ダイズかす・ヒマワリ種子かす・ナタネかす・その他油脂用種子かす・生タバコ・ダイズ・ナタネ(カラシ種子を含む)・木材である.


貿易による各国の元素収支の計算

 各国の貿易統計についてはFAO Trade Yearbook(F.A.O., 1991, 1994a)およびFAO Yearbook of Forest Products(F.A.O., 1994b)の数値を用いた.各国の各農産物の貿易量は年度により変動するため,1987年度から1992年度までの計6年間分の数値を平均して各国・各品目ごとの輸入・輸出量とした.

 さらに,各品目について輸入量から輸出量を差し引くことで純貿易(輸入)量を求めた.これに各品目の平均元素含有率をかけることで,品目ごとの元素収支を求めた.さらに,こうして得られた各品目の元素収支を各国について合計し,それぞれの国の元素収支とした.この結果(純貿易量および窒素・リン・カリウムに換算した純貿易量)を巻末表 III−VI に挙げる.


結果および考察

[成分について]
 品目ごとの3要素の成分組成(巻末表 I )を比較すると,必ずしもその比率は一定でなく,かなりのばらつきがあることが分かった.貿易品目として採用した18の農産物で見れば,牛肉およびマメ類・ダイズ・ダイズかすは窒素に富むが,リンとカリウムは少ない.コムギ・トウモロコシといった穀類およびヒマワリ種子かす・ナタネ・ナタネかすは窒素・リンが多く,カリウムは少ない.一方,コーヒー豆・カカオ豆・タバコ・木材は相対的にカリウムに富む.とくにタバコはカリウムが他要素に比べ非常に多くなっている.このように品目によってかなりのばらつきと傾向が存在する.したがって,3元素の収支は輸出国・輸入国それぞれの農業および消費構造によって影響を受ける可能性がある.



[貿易品目について]

 図4-1を見ても分かるように,農産物貿易の中でコムギ・ダイズ・トウモロコシ・オオムギの4作物の占める位置は非常に高い.全貿易量に占めるこの4作物(ダイズかすを含む)の割合は7割弱にまで達している.



 その利用形態には大きく2つがある.コムギはそのままで食品の原材料となる.一方,ダイズ・トウモロコシ・オオムギは主として家畜飼料に用いられ,人間はこれらの作物を家畜の肉あるいは乳・卵へと変えて間接的に摂取する.後で見るように飼料用作物は日本を含めた先進国で主要輸入品目となっており,現在の農産物貿易の大部分は畜産物消費量の増大と深い関係にあると思われる.


[各国の収支について]

 3元素それぞれについて収支の正・負上位10カ国を表4-2および図4-2に挙げる.



 まず輸出国であるが,アメリカ合衆国は世界の貿易総量に対して圧倒的な比率を占めており(窒素:49.9%,リン:48.9%,カリウム:47.2%),2位以下 に大きな差をつけている.アメリカ合衆国は穀物輸出において世界市場をほぼ独占しており,その結果が表れているといえよう.そのほかの輸出国としては,北米のカナダ,南米のブラジル・アルゼンチン,オセアニアのオーストラリアなど,俗に新大陸と呼ばれる地域の旧植民地国が多く並んでいる.古くから独立国として存続している国としてはフランスやタイなどがあるが,それらの国が世界貿易で占める地位は相対的に小さい.

 つぎに輸入国であるが,日本と旧ソ連が3位以下に対して大きな差をつけている.この2国で世界の貿易総量の約3割を占めている(日本は窒素:17.6%,リン:15.0%,カリウム:14.6%,旧ソ連は窒素:12.6%,リン:15.6%,カリウム:13.6%).そのほかの国としては韓国,ヨーロッパのイタリア,スペイン,オランダ,旧西ドイツといった国々が並んでいる.また,近年食料輸入が増加し,国際穀物価格を高騰させる原因となっている中国も上位に入っている.(ただし,用いたデータは1987-1992年の平均である.93年以降の統計については現時点でFAOの統計が発表されていないため検討できていない.)



 輸出国・輸入国それぞれについて,窒素・リン・カリウム貿易における順位および割合を見てみると,それぞれの元素の間でかなり変化することが分かった.たとえばカリウムの貿易量を他元素と比較すると,輸出国ではブラジル・コートジボワールが相対的に上位に入っている.これはブラジル・コートジボワールが熱帯に位置し,それぞれコーヒー豆・カカオ豆を大量に輸出していることによる.輸入国ではスペインが上位に入る一方,韓国が順位を落としている.スペインはオランダなどに比べ木材を多く輸入していること,韓国はコーヒー豆・カカオ豆の輸入が少ないことおよびタバコを輸出していることがこのような結果を生んでいる(巻末表 VI 参照).このように3元素を別々にみてみると,貿易品目の成分比が異なることに由来する収支の変化が生じていることが分かり,興味深い.

 また,輸出国となっている国の数は,輸入国に比べて少なく(窒素では192カ国中で輸出国となっているのは37のみ),比較的少数の国から他の多くの国々に農産物が輸出されているという構造があることがわかった.これは,FAOの貿易統計を見ても分かることであり,各品目について見ても輸出を行っている国は輸入を行っている国に比べて少数である.

 さて,この中での日本の位置であるが,日本は各元素とも輸入国の中で1位2位という高位にあり,人口(7位,1993年推計,ただし旧ソ連は1国とする)や面積(56位),人口密度(18位,1992年推計)などと比較すると,異常な事態であるように思われる.世界貿易量の約15%にものぼる物資が世界の陸地面積の0.3%に満たない小国に流入するということはどのような影響をもたらし得るのであろうか.この点については第6章で考察を行う.

 本章ではつぎに,国の規模を考慮して各国の貿易量を比較するために,人口や陸地・農地面積といった条件を加味した分析を行う.


4-2 国の規模を考慮した農産物貿易の比較

 前節では各国の農産物貿易が窒素・リン・カリウムに換算してどの程度の量であるかを計算した.しかし,これは国の大きさをまったく無視したものであり,自然環境への影響を検討するという目的のためには不十分である.本節では貿易量を人口・国土面積・農地面積(各国の農業規模を表す)といった国の規模を表すパラメタで割ることによって各国の比較を行う.ここで,窒素・リン・カリウムすべてについて分析を行うとデータが膨大となることから,窒素のみについて検討することにした.

 なお,各国の人口・国土面積・農地面積については,FAO Yearbook Production(F.A.O., 1994c)に掲載されているTotal Population,Land Area,Arable & Permanent Cropの数値を用いた.他の統計値については二宮(1996)によった.


人口



 まず国民人口で貿易量を割った結果を見てみる(表4-3).輸出国では1位からアルゼンチン・オーストラリア・パラグアイの順となっている.これらの国の主要な輸出品目は,コムギ・トウモロコシ・ダイズといった穀類および牛肉となっている(巻末表 IV 参照).単位人口あたりで見るとアメリカ合衆国の農産物輸出は6位であり,単なる輸出総量で見た場合の圧倒的な地位に比べそれほど特異な存在ではなくなっている.

 つぎに輸入国を見てみると,マルタ・オランダ・キプロスという順となっている.この中で日本は8位であり,旧ソ連は上位25位以内にすら入らず,それほど特異的な存在ではなくなる.マルタやキプロスといった地中海の小さな島国では自然条件が厳しいため農産物輸入に頼らずには人口を養うことができないと思われる(夏期に乾燥の激しい地中海性気候で,年間降水量は250−700mm程度).一方オランダやベルギー・デンマークといったヨーロッパ諸国でも,単位人口あたりにして日本より多くの農産物輸入を行っている.主要輸入品目はダイズおよびダイズかすであり,牛肉および粉乳を輸出している(巻末表 IV 参照).これらの国々では酪農・畜産が非常に盛んであり,日本のように加工型の畜産が重要な地位を占めている.さらに日本と異なるのは,生産した畜産製品を国外に輸出していることである.つまり,輸出産業として集約的な畜産が盛んであり,このために飼料穀物の輸入量が非常に多くなっていると考えられる.したがって,日本および西ヨーロッパの国々は,畜産業から排出される窒素・リンによる陸水の汚染が発生している可能性が高い.一方,マルタ・キプロスといった面積の小さい島国でも輸入農産物に由来する窒素・リンが周囲の海域を汚染していることが考えられるが,周辺環境と比べ相対的に規模が小さいので,どれほどの深刻な汚染となっているかについては疑問の余地がある.


国土面積



 つぎに国土面積で貿易量を割った結果を見てみる(表4-4).輸出国の中でモントセラト(ベネズエラの北方,カリブ海の小島:イギリスの属領)は異常に高い値を示しているが,これはコーヒーの輸出によるものである.コーヒーのプランテーションは輸出に特化した農業形態であり,その生産物のほとんどを海外に輸出するためにこのような結果になったと考えられる.2位以下はフランス・アメリカ合衆国・アルゼンチンといった主要農業国が並んでいる.やはり,国土面積を考慮した場合もアメリカ合衆国の位置は圧倒的ではなくなり,主要農業国と同程度となっている.2位以下の国ではフランスがアメリカ合衆国・アルゼンチンの2倍近くと高い値となっている.これは,フランスにはアメリカ合衆国やアルゼンチンのように内陸部に乾燥した地域がなく,耕地率が高い(アメリカ合衆国19.1%・アルゼンチン9.8%に対しフランス35.2%)ことが原因と考えられる.

 輸入国を見るとまずマカオ・シンガポール・マルタ・香港といった国(地域)が高い値となっている.しかし,これらの国(地域)は通常の国家ではなく,人口密度も非常に高い,いわば都市そのものである.このような国(地域)で面積あたりの輸入量が高くなるのは当然であろう.しかし,このような結果は国内の都市にも当てはまるものである.すなわち,都市化によって人間も物資も集中する地域で発生しがちな,廃棄物による環境汚染問題の一側面を表しているといえよう.一方,これら都市国家(地域)および島嶼国など,国土面積1万km以下の国を除いて順位を見るとやはりオランダ・ベルギーといったヨーロッパの酪農・畜産国が上位を占める.その後には韓国・イスラエル(11位)・日本(12位)が続く.韓国・イスラエルもやはりコムギ・トウモロコシ・ダイズ・ダイズかすが主要輸入品目となっている(巻末表 IV 参照).食用のコムギに加え,加工型の畜産のために飼料穀物を大量に輸入する,という構造は日本だけでなく多くの国に共通してみられることが分かる.


農地面積



 農地面積で貿易量を割った結果を見てみる(表4-5).輸出国では国土面積の場合と同様モントセラトが農地1haあたり1100kgと非常に高い値となっている.世界全体での標準的な窒素肥料使用量は54kg/ha(矢口, 1995),日本の畑作地帯での標準施肥量は100−300kg/haであるから,その異常さが分かる.一方,モントセラトにおける窒素肥料消費量の統計は発表されておらず,どの程度の農地に窒素が供給されているかどうかは不明である.ソロモン諸島はモントセラトと同様な島嶼国であるが,主要輸出品目は木材となっている.その他の国々はニュージーランド・パラグアイ・アルゼンチンといった農産物輸出国が上位を占めている.ニュージーランドは3位以下の国々の倍以上と特に高い値となっている.しかし主要輸出品目を見ると,永年牧草地からの産出品と思われる牛肉および乳製品が大部分(約62%)を占めている(巻末表 IV 参照).本分析では永年牧草地は農地にカウントしていないためにこのような結果となったと考えられる.

 輸入国では国土面積の場合と同様にシンガポール・香港といった都市国家(地域)が上位を占める.また,クウェート・バーレーンといった国も上位に並んでいる.これらの国は中東乾燥地域に位置し耕地面積率が極端に低いことから農地面積あたりの窒素輸入量が多くなっていると考えられる.そういった特殊な国を除くと,オランダおよび日本が高い値となる.ベルギー(11位),韓国(13位)などの国もやはり上位に入る.


考察

 まず輸出国についてであるが,国の規模を考慮して比較した場合,アメリカ合衆国はそれほど特異な位置にあるわけではなく,南米やオセアニアの農業国と同程度の水準にあることが分かる.また,単位面積あたりの貿易量で見た場合には,窒素・リンの双方について(モントセラトを例外とすれば)輸入国の面積あたり収支より1桁程度低くなっていることが注目される.つまり輸入国の方が面積あたりのフローの大きい国が存在し,日本もそれに含まれる.一方モントセラトやソロモン諸島などの島嶼国でも高い窒素輸出を示した.これらの国は先進国の属領あるいは発展途上国である.肥料消費の統計も発表されておらず,植物栄養成分の持ち出しによる農地の荒廃が懸念される.

 輸入国についてみてみると,島嶼国や都市国家など人口密度の高い国(地域)が極端に高い値を示している.このような結果は,国土面積の項でも述べたように都市化による人間および物資の集中がもたらしたものと考えられる.今回のような分析方法では,国家全体が一体のものとして平均化されてしまうために,国内での人口分布の影響は表面化しない.しかし面積が大きく,全体で平均したフローが小さくなってしまう国でも,やはり都市域では大量の物資流入による陸水の富栄養化が起こる可能性がある(たとえば東京など).これは輸出国においても同様である.一方,国土面積1万km以下の島嶼国や都市国家を除くと,日本をはじめオランダ・ベルギー・デンマークといったヨーロッパ諸国が高い値を示した.これらの国は日本のように降水も豊かではない一方比較的面積も大きいため,日本よりもさらに深刻な環境汚染を引き起こしている可能性が示唆される(第7章参照).一方韓国は,農産物輸入の内訳を見てもコムギと飼料作物中心である.さらに日本と同じアジアモンスーン地帯に位置し,急速な工業と経済の発展が注目されている.つまり,日本と非常に似通った国であるといえよう.

 さて,諸外国と比べて日本を見ると,人口や面積あたりのフローで比較すればとび抜けて高いわけではなく,西ヨーロッパ諸国や韓国などの国に比べ人口や面積が大きいために総量としての農産物輸入量が多くなっていると考えられる.あるいは逆に,日本と同程度以上の窒素・リンを輸入しているこれら西ヨーロッパの国々や韓国においても,日本と同様に農産物の大量輸入が陸水の汚染につながるという構造的な問題を抱えている可能性があるといえる.実際にこれら農産物の大量輸入国においても硝酸態窒素による地下水の汚染などが報告されている(第7章参照).


輸出国・輸入国の世界分布

 すでに見たように,農産物輸出国は輸入国に比べ数も少なく地域的に偏りがあるように思われる.輸出国・輸入国の地域分布を分かりやすくするために,世界各国を単位農地面積あたりの窒素収支によって分類し,色別で塗り分けて比較した.その結果を図4-3に示す.赤色が輸出国,青色が輸入国である.色の濃い国ほど単位農地面積あたりの窒素収支が大きくなっている.(グリーンランドおよび西サハラについては農地面積あるいは農産物貿易についての統計がないために除いてある.)



 これを見ると地域によって農産物貿易に偏りがあることがよく分かる.まず輸出国であるが,主要国はいわゆる「新大陸」と呼ばれる南米アメリカおよびオセアニアに集中している.フランスおよび一部のアフリカ諸国,アジアモンスーン地帯の国々などもあるが,相対的な規模は小さい.主要輸出国となっている国々は,乾燥地帯を含む広大な土地と低い人口密度により特徴づけられる農業国である.「新大陸」にヨーロッパから人間が流れ込み,植民地化し,大規模な農業を行うことで現在のような大量の穀物生産が可能となったのである.(しかし現実には,その土地に古くから住んでいた原住民との対立や貧富の差の存在など多くの矛盾を含んでいる.)日本を含めた輸入国の食生活は,南北アメリカとオーストラリアという比較的限られた地域に大きく依存していることが分かる.

 次に輸入国を見ると,輸出国と異なり世界全体に広く分布している.しかし,農地面積に対して特に多くの農産物を輸入している国は,北アフリカから中東までの地域とヨーロッパ・極東に集中している.これらの地域は農地面積あたりの人口密度が高いのが特徴であり,一人当たりのGNPもかなり高い(二宮, 1996).

 北アフリカから中東にかけての国々は,乾燥地域に属し,豊富な石油資源を輸出して得られる外貨により穀物を輸入して国民を養っている.輸入品目としてはコムギが大半を占めている.一方ヨーロッパ諸国は産業の発達した先進国であり,特に西欧諸国(フランスを除く)で農産物輸入が盛んである.輸入品目としてはコムギのほかにトウモロコシ・ダイズといった飼料穀物が大きな比率を占めている.これは食生活の違いと一人当たりGNPの差によるものと推察される.極東地域の輸入国としては日本と韓国の農産物輸入が非常に多くなっている.

 アフリカ中部や中央アメリカに位置する最貧国と呼ばれる国々では,農産物の自給すらできず輸入により食糧需要を満たしている.しかし,外貨が不足しているためにそれほど多くの農産物を輸入することはできず,農産物貿易が低い水準にとどまっていると考えれられる.飢餓と飽食という南北問題の一端を見て取れるといえよう.

 一人あたりのGNP(1993年現在)を横軸,人口あたりの貿易量を縦軸にとって,両対数で散布図を描くと図4-4のようになった.この図を見ても明らかなように,輸出国でも輸入国でも一人あたりGNPが大きいほど貿易量が大きくなっていることがわかる.ここでは,この結果についてさらに考察を行うことはできないが,ローマクラブによって行われた『成長の限界』報告(Meadows et al., 1972)において試みられたように,貿易量をGNPの従属変数として扱うことにより,世界のシュミレーションモデルに組み込んで未来予測を行う,などといった発展性が存在する.今後の課題である.



 南アジア以東でも,輸出国・輸入国ともに一般的に単位農地面積あたりの貿易量は多くない.これはモンスーンアジア地域の農業の特性に由来すると思われる.すなわちこの地域における農業の一般形態は水田稲作であり,本来自給的な性質を持っている.家畜は人間が食べるためのものではなく,水田における労働力としての意味が大きい.肉食の習慣も少なく,したがって家畜飼料を含めた一人当たりの穀物消費量も少なくなるのである.このことにより,世界でも人口密度が特に高い地域であるにも関わらず農産物輸入が低い水準にとどまっているのである.しかし,日本および韓国はそうした一般的特徴から逸脱し,食生活の西洋化・肉食の普及によって大量の穀物を輸入するようになっている.近年,中国のように急速な経済発展を続ける国においても,日本・韓国と同じ食生活の構造的な変化が起きている.これにともなって穀物消費が増加し,農産物輸入が急増する結果をきたしている.このような現象を考慮すると,図4-3に示したような世界の農産物貿易のパターンも今後大きく変化することが予想される.






[ Reference ]

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