農産物貿易の持続性に関する
総合人間学的考察





序論


 日本は戦後急速な工業化と経済発展を遂げ,現在ではGNP総額では世界2位,国民一人当たりGNPでは世界で4位という経済大国となっている(1993年現在; 二宮, 1996).その一方で,国内農業は衰退の一途をたどり,現在の食糧自給率は30%以下と先進諸国の中でも異常に低い値となっており(佐伯, 1990),現在の日本は自国民の食糧供給を,外国の農地と政府にほぼ完全に依存している状況にあるといえる.農産物の国際貿易が持続的に安定して行われることは,日本国民が現在のように豊かに安心して暮らしていくための必要条件となっている.

 翻って世界をみれば,第3世界では急速な人口増加が依然進行している一方,先進農業諸国では農業に関連した環境問題(農薬や化学肥料による環境汚染・土壌侵食)が次第に深刻化していることなどから,世界の食糧事情の未来は決して明るくはない.そのような不安から,もし輸出国の農業が不作に陥れば,あるいは世界情勢が不安定になれば,日本国内の食糧供給は逼迫するのではないか,すなわち食糧自給率を高めることが必要なのではないか,といった食糧安全保障をめぐる議論は数多くなされてきた(たとえば佐伯, 1990,暉峻, 1996など).また,第3世界への食糧輸出がその国の伝統的な食文化の構造的な変化や農業の衰退を招き,かえって貿易収支を悪化させるという問題(Wessel, 1993)なども指摘されている.このように農産物貿易は国際政治や経済の面から議論されることが多かった.

 しかし地球化学的な側面から見れば,農産物貿易とは大量の物資をある地域から他の地域へと人為的に移動させることであり,その量が大きくなれば地球あるいは地域規模での物質循環に影響を与える可能性が考えられる.輸出国では農産物の持ち出しによる農地の疲弊,輸入国では有機物の大量持ち込みによる陸水の富栄養化などの影響が挙げられる.

 本研究は,農産物貿易により移動する窒素・リンの量をFAOの統計資料その他のデータを用いて計算し,得られた結果を自然環境中のフローと比較することで,現在の農産物貿易が自然環境に与える影響を把握する(第1部).さらに,日本および世界の農業・農産物貿易が,現在に至るまでにどのように変化してきたか,品目ごとの変化の原因を含めて検討し,世界の食糧需給が今後どのように変化するかについて考察する(第2部).最後に,第1部および第2部の議論をまとめ,将来の安定した食糧供給と環境の保全のために日本がとるべき農業・貿易政策を検討する.









[ Reference ]

二宮道明編, 『データブック オブ ザ ワールド 1996年版』, 二宮書店, 1996

佐伯尚美, 『ガットと日本農業』, 東京大学出版会, 1990, pp. 257-267

暉峻衆三, 『日本農業100年の歩み』, 有斐閣ブックス386, 有斐閣, 1996, pp. 308-337

Wessel, J., 鶴見宗之介訳, 『食糧支配−米国農産物輸出ブームの成因と背景−』, 時事通信社, 1984