1 自然界における元素の分布






 我々の周りの物質はさまざまな元素から構成されており,本研究において注目する窒素・リンもその一つである.そこでまず,自然界の各領域において窒素やリンが,他の元素とどのような量的関係にあるのか,その起源や原因を含めてみてみることにする.


1-1 宇宙における元素存在度

 我々の周りには多様な元素が存在するが,そのすべてが宇宙の初期状態から存在したのではなく,恒星(太陽のように核融合反応によって自分自身で光や熱を放射する星)内での核融合反応や,超新星爆発など,高温・高圧の条件において,単純な水素原子に始まる原子核の融合反応によって生成したものだと考えられている(Mason, 1970).宇宙空間での物質の分布についてはまだ解明されていない点が非常に多いが,上記の理由から一つの仮説として銀河系の標準的な恒星系である太陽系の組成を,宇宙全体の平均的な元素濃度と考えることができる.原子は光を当てるとある特定の波長だけを吸収するという性質を持っている.その波長は元素によって特異的に決まっており,太陽からの光を分光分析することで,存在する元素の比率を測定することができる.この方法で太陽大気中の主要元素の元素存在度を推定することができる.さらに,太陽系の始源物質として,熱や圧力などによる変成を受けておらず,したがって結晶分別作用なども受けていないと考えられる炭素質コンドライト(その中でもC1コンドライトと呼ばれるもので,主要元素の相対濃度について太陽と高い相関関係をもつ)の組成から,微量元素の濃度が推定できる.こうして太陽系内の元素存在度を求めたものが表1-1である(Anders and Ebihara, 1982).宇宙全体の元素存在度を示すときには,ケイ素を1×106とした相対的な原子数を用いるため,ここではそのまま示した.これに各元素の原子量をかけたものが,相対的な重量濃度となる.

 宇宙では,もっとも単純な原子構造(陽子,電子それぞれ1個)を持つ水素(宇宙ではほとんどの原子は電離状態−プラズマ−で存在するので,この場合は陽子1個のみということもできる)が圧倒的に多く存在し,次に水素の核融合反応によって生成するヘリウムが続く.核の安定性によって上下する(偶数原子番号の方が安定)が,一般に元素存在度は原子番号が大きくなるにしたがって少なくなる.鉄は原子核としてもっとも安定であり、恒星内部における核融合反応の最終生成物質として蓄積するため比較的多く存在する.

 これらの中で窒素・リンの位置を見てみると,両元素とも原子番号は奇数(7と15)であるため,両隣(偶数原子番号)の元素よりも濃度は低い.しかしその中でも窒素は比較的多い元素であって,希ガスのネオン(Ne)に次いで6番目に多く存在する.それに対し,リンは2けたほど濃度は減り相対的な元素存在度における位置は低い(18番目).


1-2 地殻における元素存在度

 次に我々の足もと,すなわち地殻(地表面から5-30km程度の深さまでに広がる硬い岩石の層)について元素の分布を見てみることにする.

 地殻全体における各元素の平均濃度については,Taylor(1964)によって推定されたものがある.これは,堆積岩の希土類元素の濃度パターンから大陸地殻を花崗岩と玄武岩の等量混合物と仮定し,両岩石の平均化学組成データから大陸地殻の平均化学組成を求めたものである(表1-2).Taylorによればそれぞれの元素の地殻存在度は,リンで0.105%(1050ppm)で11番目,窒素で0.002%(20ppm)で33番目となる.宇宙の化学組成と比較すると窒素とリンの順位が入れ替わっている.これは,窒素が揮発性元素(NやNHとなって揮散する,詳しくは2-1を参照)であり,固体地球に入りにくかったためと考えられている.同じ理由から窒素は,窒素ガス(N)や硝酸イオン(NO),アンモニウムイオン(NH)として気圏・水圏に多く含まれている.一方リンはほぼ全量がリン酸(PO)として存在し,リンの気体分子種は天然では存在しない.さらにリン酸塩の溶解度は非常に低い.このため水圏・気圏に含まれるリンの量は少ない.


1-3 海洋における元素存在度

 海洋にはさまざまな塩類や化合物が溶解しており,原始地球において生命が生まれたのも海洋中であったと考えられている.では海洋中の各元素の濃度はどのようになっているのであろうか.

 海洋水の化学組成は大陸付近や大洋中央部といった場所や緯度,季節などによって変化するが,深度別に採取した試料を分析した結果からその平均化学組成を推定したものが西村(1983)によって提唱されている(表1-3).これによると,窒素は1.3×10−3%(13ppm)で11番目,リンは5.0×10−6%(0.05ppm)で20番目となる.しかし,海洋中の窒素の大部分は大気中の窒素ガスが溶解したもので,硝酸イオンやアンモニウムイオンなどの窒素化合物のみの濃度は3.0×10−5%(0.3ppm)である.リンの濃度が窒素に比べて非常に低いのは,水溶液中のリン酸塩の溶解度が非常に低いと同時に,生物によって選択的に吸収された結果と考えられる.


1-4 生物体における元素存在度

 窒素やリンは生物の主要必須元素であるが,生物体内での濃度およびその他元素との関係はどのようなものであろうか.生物体が各元素を平均してどの程度含むかは生物の種類や成長段階,季節などによって変化するが,その概算推定値がDeevey(1970)によって提唱されている(表1-4).これによると窒素は5.02×10−1%(5020ppm)で4番目,リンは5.2×10−2%(520ppm)で11番目となっている.

 表1-5に各領域での窒素・リン濃度の変化をまとめた.これを見ても分かるように,窒素は海洋や地殻と比較して生物内に非常に高濃度(数百倍)に濃縮されていることが分かる.リンについても海洋と比較すれば生物内に窒素より高く濃縮(1万倍)されている.すなわち生物は,環境から選択的に窒素やリンといった必須元素を吸収して利用している.したがって,地球表面における窒素・リンの循環には,生物活動が大きな影響を与えていると思われる.


 次の章からは,窒素およびリンが我々の周りの環境中でどのように循環し,そしてそれがどの程度の規模になっているのかについて見てみることにする.






[ Reference ]

Anders, E. and Ebihara, M., "Solar−system abundances of the elements", Geochimica et Cosmochimica Acta, vol. 46, 1982, pp. 2263-2380

Deevey, E. S. Jr., "Mineral Cycles", The Biosphere, W. H. Freeman ed., Calif., 1970

Mason, B., 松井義人・一国雅巳訳, 『一般地球化学』, 岩波書店, 1970, pp. 30-32

西村雅吉編, 『海洋化学−化学で海を解く』, 産業図書, 1983, pp. 54-56

Taylor, S.R., "Abundance of chemical elements in the continental crust: A new table", Geochimica et Cosmochimica Acta, vol. 28, 1964, pp. 1273-1285