加藤 護(人・環フォーラム15号掲載)
私の子供のころは、まだ、町に八百屋さんがいっぱいあった。野菜は、古新聞で くるまれて渡されたし、お釣りは、天井からゴム紐で吊り下がったザルの中から 出てきた。夏になると、八百屋のおじさんは、店先に並んだ大小の西瓜をポン ポンと叩きながら、「これ、おいしいよ」っと、声をかけてくれるのであった。
すりこみなのか、最近、私は、八百屋のおじさんと似たことをしている。それは、 音を使って、球体の中を調べることである。もっとも、球体は、西瓜ではなく地 球であるし、叩いているのは、手ではなく(主に遠い異国で起きた)地震である。 地球の中を伝わる地震波は、ヒトには音として聞こえないが、しかし、球体の中 を伝わる波であるのには違いはない。
地球の中を地震波が伝わるのは、地球内部の物質が弾性と呼ばれる性質を持つか らである。弾性とは、力をかけると変形するが、その力を取り除くと元の形に戻 る、という性質である。身のまわりにあるものでは、例えば、消しゴムが弾性体 である(脚注1)。
弾性体の中を伝わる波を弾性波と呼ぶ。地震波とは、地球の中を伝播する弾性波 である。弾性波の伝播を考えるとき、弾性体は、消しゴムがいくつも連なったよ うな物体である、と考えるとよい。その中のある1つの消しゴムに、一瞬、何ら かの力が加わり、変形してしまったとき、その消しゴムは、もとの形に戻ろうと 努力する。このとき、この消しゴムは、隣の消しゴムを変形させることで自分自 身の変形を解消しよう、と試みる。変形させられた隣の消しゴムは、また、その 隣の消しゴムを変形させ…、と、変形がバケツリレーのように伝わっていく。こ のように、弾性波とは、力が加わった、という情報が、変形を通して遠くに伝わ る、という現象である。
ところで、消しゴムには、二種類の変形があるのをご存知だろうか。一つは消し ゴムを、四方から、ぎゅっと押し縮める、つまり、体積を変えるような変形、も う一つは、体積が変化しない、ひねるような変形である (図1)。 実際に消しゴムで試すと分かるが、押し縮めるのと、 ひねるのでは、前者の方が、大きな力を 必要とする。つまり、体積変化に対する抵抗力の方が大きい。
弾性波には、縦波と、横波の二種類があり、弾性体の二種類の変形に、それぞれ 対応している。縦波とは、体積変化を伴う変形を伝える弾性波であり、他方、横 波は、ひねるような変形を伝える弾性波である。弾性波の速度は、物質(例えば、 消しゴム)の性質で決まるが、私たちのまわりにある物質では、縦波の方が、横 波よりも速度が大きい。これは、変形に対する抵抗力が大きい程、自分の変形を、 隣の消しゴムに、より早く伝えようとがんばるからだ、と考えればよい。
体積変化する場合、波として伝わるのは、体積の増減、つまり、物質の疎密の情 報である。このとき、振動の方向は波の進行方向と一致し、「縦」に揺れる。そ れに対し、ひねり変形の場合、振動の方向は、波の進行方向に直交し、「横」に 揺れる。これらが、それぞれ縦波、横波の名前の結縁である。また、気体や液体 は、弾性的にひねることができないため、気体や液体の中では、縦波だけが存在 し、横波は存在しない。
地震の震源の近く(例えば、百km以内)で観測した場合、波形記録には、二つの 特徴的な波群が観測される(図2)。 一つは、初動と呼ばれる、震源から最初に 到着する波である。もう一つは、遅れて到着する、やや振幅の大きな波である (脚注2)。 これらは、地震観測の黎明期に、一つめ(primary)、二つめ(secondary)と いう意味で、P波、S波と名付けられた。これらが、二種類の弾性波に対応するこ とが理解されたのは、ずっと後になってからであるが、この歴史的経緯から、縦 波はP波(P wave)、横波はS波(S wave)、と呼ばれることが多い。
図2:近地地震波形の例。2003年4月8日の京都府中部の地震(マグニチュード
3.5)を京大防災研地震予知研究センターの阿武山観測点(震央距離約三十六km)
で観測した波形。
地球内部構造の研究に限らず、近代地震学とは、観測される波形の複雑さを、ど のように説明するか、であるとも言える。このような研究の起源は、例えば、十 九世紀末にドイツで東京の地震を観測した、という事件にまで遡る (脚注3)。
固体地球は、球対称の層構造をしている。大きく区分をすれば、浅い方から、地 殻、マントル、外核、内核の、四層構造である。平たく言えば、地殻とマントル は石の層であり、外核と内核は、鉄の層である。さらに外核では、その鉄が溶け た状態で存在している。物質の変化に対応する各層の境界では、地震波速度が大 きく変化する。簡単には、地震波の伝播は、同じ波の仲間である光の伝播とよく 似た振舞いを示す、と考えて良い。つまり、水面で光が屈折するのと同じように、 速度が変化する面では、地震波の反射や屈折が起きることになる。
地震波のエネルギーは、震源から四方に放出され、その一部は、下へ下へと地球 深部に向かう。マントルと外核の境界(core-mantle boundary、CMB)は固液境 界面であるので、液体の中を伝わることができないS波にとっては大きな「壁」 となる。入射したS波のエネルギーは、ほとんど全て反射され、浅い方向に向かっ て伝わる(脚注4)。 このようにCMBで反射して地表に到達したS波は、ScS相と呼ばれる。
よく考えてみると、地表は、地殻と大気の境界面である。気体の中を伝播しない S波にとって、地表も、反射率がほぼ百%の大きな「壁」となる。つまり、ScS 相として地表に到着したS波のエネルギーが、地表で反射されて、また下方に伝 わる、ということが起きることになる。結果、CMBと地表の両側の境界で反射を 繰り返し経験し、この間を何往復も行き来するS波が存在することになる (図3)。
図3:多重反射ScS相と、一次反射波の波線図。星印の地震からのS波を三角印の
観測点で観測する。a)-c)は、地表とCMBでの反射の
みを経験する波線。d)、e)は、660面での反射を経験する波線。d)のScS2プラス
660上面での反射の場合、3種類の波線を伝播したS波が同時刻に、かつ、同位相
で到着する。
このような経路を伝わるS波は実際に観測されていて、多重反射ScS相と呼ばれて いる。図4は、 中国とロシアの国境付近で一九九九年四月に起きた深発地震を、 西日本の観測点で観測した記録である。CMBで一度反射を経験したScS相が到着 した後、約九五〇秒間隔で、二度の反射を経験したScS2相、三回反射のScS3相 が到着しているのが確認できる。この地震の場合、マントルを四往復した ScS4相程度まで、確実に確認することができる。それぞれのScSn相の すぐ後ろには、位相が逆転している波がある。これらは、地震から、最初にCMB に向かって放出されたエネルギー(ScS相と高次相)と、最初に地表に向かって 放出されたエネルギー(sScS相と高次相)の組である (図3)。
反射の回数が増えるごとに、振幅が小さくなっていくのは、幾何学減衰と非弾性 減衰の二つの効果である。幾何学減衰とは、三次元の物質中のある一点から波の エネルギーが放出されたときに、長い距離を伝わるほど、その振幅が小さくなる、 という現象である。非弾性減衰は、地球内部が完全な弾性体ではないために起き る。消しゴムを何度も変形させていると、だんだんと熱くなるが、これは弾性エ ネルギーの一部が、熱エネルギーに変換されたものである。地震波の場合も同様 に、波のエネルギーの損失が生じるが、その大きさは、マントルの温度、水など 揮発性元素の存在率などで決まる。
図4:多重反射ScS相の観測波形例。33〜200秒の帯域通過フィルターをほどこし
てもの、4200秒分。ScS相到着時刻を時間軸の原点に取り、波形は各観測点ごと
に最大値で規格化してある。右列の英字は観測点名で、一番上の福江(福岡県)
から一番下の和知(京都府)へ、西から東に並んでいる。
図4の波形をよく見てみると、多重ScS相以外の部分でも、波形が揃っているよ うに見えるところがある。多くの観測点で、同じ時刻に観測されることから、こ れらの小さな振幅の波は、地球内部構造に起因する由緒正しい相であることが予 想される。実際、これらは、マントル内に存在する速度が急変する面で生じた反 射波であり、一次反射波と呼ばれる(図3)。
マントルの地震波速度は、深さとともに、緩やかに大きくなっていくが、例外的 に、深さ410km付近と660km付近では、急激に地震波速度が増加する。これらを速 度不連続面と呼ぶ。660-km不連続面より浅い部分を上部マントルと呼ぶが、この 部分は、六割程度がオリビン、残りがガーネットと呼ばれる鉱物から成っている と考えられている(脚注5)。 鉱物学的な実験から、二つの速度不連続面はオリビンの相転移に対応すること が示唆されており、具体的には、410-km不連続面が、オリビンがより充填率 の高いβ相へ相転移することに対応し、他方、660-km不連続面が、オリビンの γ相が2種類の鉱物に分解する相転移に対応する、と考えられている (脚注6)。
相転移の一例に水の沸騰がある。富士山の頂上では沸点が85度と低くなるように、 相転移が起きる条件は圧力と温度で決まる。マントルを構成する鉱物でも同様 で、410面に対応する相転移は温度が高いほど、高い圧力で起きる反応であること が分かっている。逆に、660面に対応する相転移の反応は、温度が低いほど高い圧 力で起きるらしい。マントル対流などの影響で、地球深部では、同じ深さでも地 域によって温度が異なる。一方、深さ=圧力、と読み変えて良いので、マントル 中に低温の領域があった場合、そこでは410面はやや浅く、660面はやや深く偏異 していることが予想される。
では、実際の地球の中でどうなっているのだろうか。地球深部を直接観測するこ とは不可能である。しかし、多重反射ScS相の一次反射波を解析することで、こ れらの面の様子を推定することができるのである。我々は、弾性波の理論に基づ いて、地震波形を数値的に計算することができる。この手法を用い、観測波形を 最も良く説明するような地球構造のモデルを探す、ということを行うのである。 ただ、波形の複雑さには、410面や660面の深さ以外に、地殻の厚さやマントルの 非弾性減衰の地域性など、さまざまな要因が影響してくるために、やや手間と工 夫を必要とする問題となる。
日本周辺では、速度不連続面の凹凸は、大まかに図5のようになっていると考え られる。410面の深さは、日本の周辺では大きな偏差はなく、全球平均の410kmと、 ほぼ一致している。これに対し660面は、太平洋側でも日本海側でも、東日本に 比べ、西日本側で約10km程度深くなっている。660面が深い地域では、地球平均 に比べて、低温であると考えられる。同時に、410面の深さの変化が小さいこと から、この低温領域が上部マントル最下部にのみ存在することが考えられる (図5)。
図5:多重反射ScS相の解析による日本周辺地域におけるマントル速度不連続面
の深さ分布。この地域を、太平洋側と日本海側、東西日本と、4分割した解析結
果を示している。点線が、各面の全球平均410kmと660km(右上)。星印は解析に
用いた地震の位置を示す。
では、なぜこの地域に、低温の領域が存在するのだろうか。
実は、この温度低下を生み出しているのは、『太平洋』の仕業であるらしいのだ。
東北日本の太平洋側には、日本海溝が、南北に走っている。日本海溝では、太平 洋の海底が日本列島の下にもぐり込んでおり、三陸沖をはじめとして、多くの海 溝型地震を引き起こしている。太平洋プレートが誕生するのは、東太平洋地域 であり、日本に向かって爪の伸びる速度と同じ程度の速度でゆっくり移動してい る。日本海溝に達したときには、誕生後百数十万年も経っているが、この間、海 水により冷却され続けるのである。
冷蔵庫で冷やしたチョコレートのように、冷却されたプレートは硬い。硬い太平 洋プレートは変形せずに、板状のまま、日本列島の深部に沈み込もうとする。日 本海溝では、地質学的な時間を通して沈み込みが続いているが、この結果、日本 の下には、板状のプレートが、地表と約三十度の角度を保って、斜めにずっと続 いていることになる。斜めに沈み込んでいるために、プレートの沈み込みの始ま りは東北日本の東岸であっても、その位置は、徐々に、西へと移っていくことに なる。
西日本で660面が深くなっているのは、東北日本から沈み込んだ太平洋プレート が、この地域で上部マントルの最下部まで到達して、このあたりを冷却したから である、と説明できる。観測された660面の十km程度の沈下は、約百〜二百度の 温度低下に対応するが、これは沈み込んだプレートが徐々に周囲のマントルを 冷やすことを考えると妥当な値であるといえる。また、太平洋から日本海にか けての広い範囲に低温の領域が存在することは、プレートが660面を突き抜いて 沈み込むことができずに、660面付近で滞留している、という可能性を示唆して いる。他の地震学的研究でも同様なイメージが得られており、これらの結果は、 上部マントルと、それ以深の下部マントルの物性の違いを示唆しているかもしれ ない。
今回、明らかになったのは、660面の凸凹という事実であるが、これが、どのよ うな地球科学的現象に関連しているか、を考えることが、今後の課題となる。660 面の性質がより明らかになることで、例えば、沈み込むプレートの力学バランス や、上下部マントルの熱交換・物質交換の効率など多くの事柄の理解が深まる、 と考えられる。地球科学は本質的に学際的であるが、地震学の手法を用いて地球 内部を研究することは、構造を描写するものにとどまるのではなく、構造の意味 を汲み取り、地球内部のダイナミクスの理解を深めることにつながるのである。
地球内部の様子を地震波形を用いて調べていくことは、応用物理の問題としても 興味深いものであるが、また、この星の成立ちと進化を考える上でも意味がある。 地球環境問題、と声高に叫ぶときに、「地球」は生物の住む世界を指すことが多 い。しかし、なぜ、そこに山があるのか、や、どうして大地震は大都市をねらっ て起きるのか、など、やや広い視野で「地球」についてを考えるとき、そのヒン トは地球内部で起きているさまざまな現象の中にあることが多い。これを機会に、 足元のその下へと、みなさんの視野を広げてみませんか? もっとも、それで、 西瓜の選び方がうまくなることは保証しませんが…
本稿の解析結果は、M.Kato, M.Misawa, & H.Kawakatsu, 2001, Small subsidence of the 660-km discontinuity beneath Japan probed by ScS reverberations, Geophysical Research Letters, 28, 447-450. による。 地球内部科学を巡る最近の話題は、『地球ダイナミクスとトモグラフィー』(川 勝均編、朝倉書店、2002)が詳しい。
(脚注2) 小中学校の理科の教科書では、これらを初期微動、主要動と呼んでいるが、これ は、やや歴史的な言葉遣いである。
(脚注3) 住友則彦『地球上の巨大な破壊現象--地震』、人環フォーラム11号、pp.14、 2001年。
(脚注5) オリビンとは、8月の誕生石ペリドットのことである。 ガーネットは、1月の誕生石。