ひみつきち その2

Self-Introduction

ついに見つかったか‥‥。

じゃあしょうがないなぁ。
教えてあげましょう。

なまえ 中串孝志 Takashi NAKAKUSHI

京都大学に入学するまでは、「くっしー」と呼ばれていた。
京大吹奏楽団在籍当時、後輩の名前をなかなか覚えられない先輩が
「漢字一つくらいなら覚えられる。」
と名前の漢字をひとつだけとって
「やまお(山本氏)」
「たけお(竹本氏)」
「うちこ(内川女史)」
といった要領で私を「くしお」と呼び始め、それ以来、京大関係では「くしお」で通っている。

この名字を「なかし Nakagushi」と読んでしまうひとが非常に多い。 私もいつものことだし別に困ることも無いのでたいてい訂正せず流しているが、 「くしお」と呼ばれるため家族の中では比較的「被誤読」は少ないだろう。 しかし、社会人の兄は仕事での「通りの良さ」から、 (海外でも)「なかし Nakagushi」で通しているらしい。

せいねんがっぴ1975年9月6日乙女座
けつえきがたRh+
うまれ 大阪府池田市。
「大阪人」ではあるがそれを象徴する「河内人」「和泉人」には決して勝てない「北摂人」である。
すんでるところ現在は京都市左京区。荒神橋のすぐ近所。
でんわそらちょっと言われへんなぁ。
しごと 研究員。
たぶん、日本学術振興会 特別研究員(PD)というのが、たぶん正式な肩書き。 どこで研究していても、この日本学術振興会が給料を出してくれるというもの。 一応断っておきますが、プロの科学者です
→ やってること;太陽系天文学。いまんとこ、火星(の気候など)を研究している。 近い将来には、「大気中の浮遊粒子による光の散乱・吸収についての研究をしています」と自己紹介できるように、現在勉強中。
かこのふくぎょう 塾講師やってました。
→ 担当科目;英語、数学、物理。化学もやっていた時期もあった。 以前生徒に頼まれて現代社会や家庭科を教えたこともある。
そこでは「自習室のお兄さん」的或いは「集団家庭教師」的形式の授業があり、 何を訊かれるかわかったもんじゃないので (例えば「五大栄養素」とか「イグナティウス・ロヨラ」とか) 普段、家で受験当時の参考書などを眺めたりしている。 今になってみると、これが結構おもしろい。
また、毎週1〜2コマ講義を担当しているが、 そのお陰で学会などでのプレゼンテーションが上手くなったと思う。
けいれき あとで『しゅみ』のところでだいたいしゃべっちゃうので、略。 いわゆる学歴は、「勉強するくしおくんのページ」の「研究紹介」を参照。
もってる
しかく
英語検定2級、漢字検定2級、教員免許(高校理科)、普通自動車運転免許、 博物館学芸員になるための資格(正確には「必要な単位を全て取得したということ」で、特に証明書とか免許とかがもらえるわけではない)。
珠算検定も小学生のときとった。何級だったかな。
そして、「博士号」!詳しくは「京都大学博士(理学)」。 あっ。理学の「学士号」「修士号」も持ってることになるなぁ。 大学の学部と修士課程を卒業しているから。
あと、スキーの、なんだか知らないが、 シルバーバッジとかいうのも持っていたような気がする。 パラレルができたらもらえるやつだったと思う。 今は、‥‥なんちゃってパラレル。

それから、気象予報士!!!! めちゃめちゃ苦労した。4回目でようやく合格。

しゅみ
<1>
音楽。そりゃそうだ。
The Mist Live "RESTART"
('99/02/20)
からの One Shot。

小学校入学直後、4月第一週の木曜日に、 母親にエレクトーン教室に連れていかれ、わけもわからずエレクトーンを始める。 以後、発表会2回をはさんで小学校5年ぐらいまで続けることになるが、 ずいぶん経ってから聞いた話では、母が
「孝志にも何か音楽をさせようと思うけど、なにがええやろか?」
と幼いころピアノをかじった兄に訊いたところ、
「これからの時代はピアノじゃなくてエレクトーンになるで。」
と予言したので、とのこと。
いまのところ、予言は見事にはずれている(エレクトーン人のみなさんにおこられるかな)。

中1の冬、音楽の有馬先生の強引な(笑)勧誘を断れず、 サッカー部員でありながら音楽部に入部、アルトサックスをはじめる。
以来中学の3年間をサッカー部員(ポジションは『センターベンチ』)、 音楽部員(パートは当然アルトサックス)、 天文部部長、と3つの顔を持つ男として甲陽学院中学に名を馳せる(ウソ)。

高校進学を機にクラブの掛け持ちをやめ、アンサンブル部へ。
2年生では部長を務め、雑用係として奔走する。
その甲斐あってか、創部以来初めて、 夏の「吹奏楽コンクール(小編成部門)」の兵庫県大会で最優秀賞受賞、関西大会出場 ※1 (優秀賞受賞)、 さらに次の年の夏には高3(=受験生)でありながら出場し、 2年連続関西大会進出を果たす。

このころからこつこつ(スクエアなどの)アドリブコピーをするようになる。
また、高1の冬には、八百屋のバイトで稼いだ金で YAMAHA のウィンドシンセ WX-11 を購入し、家で吹きまくる。

京都大学入学後は、京都大学吹奏楽団に入り、 先輩方にぼっこぼこにへこまされつつ修行を重ねる。
2回生では副指揮者、3回生では正指揮者を務めた。 その2年間はアレンジャーもやった。
3回生秋ごろから(ほんの)ちょっとずつバンド活動に参加する(させてもらう)ようになる。
また高校の頃から少しずつオリジナル曲を書きはじめていたが、 2回生のころに、 家庭教師の生徒から YAMAHA のシーケンサー QY-21 を入手し、作曲にも味を占めるようになる。

3回生をもって卒団した後は、どこのサークルにも所属せず、 フリーのサクソフォニスト&EWIプレイヤーとして京大周辺で活動している (←「ものは言いよう」とはよう言うたもんや)。

‥‥ってかんじ。修士2回の夏に、ソプラノサックスを入手した。 また親友から借りっぱなしのトランペットもたまには吹いてたり(もう返したけど)、 ギター小僧と化してたり、そのころ兄からもらった Mac(7200/90) + KORG``Audio Gallary'' に QY-21 で書きためた曲を流し込んではポリッシュアップ、 ということに熱中していたりしてた。
でも、結婚する少し前ぐらいから、だんだん「音楽する」時間がなくなってきた。 特に「やる」ほうは、とんとごぶさただ。 自宅では、よめはんが買ってくれた安物のベースを弾きまくっている。 当然、とても他人様に御聞かせできるようなものではない。 うーん。もっているいろいろな楽器達が、押し入れで泣いている‥‥。

しゅみ
<2>
マジック

マジシャンでもある。
それもかなり入れ込んでいる。
最近は披露する機会がないが(今も昔もそうだが)‥‥。

始まりは小学校4年生の終わり頃まで遡る。
中3秋の『音楽と展覧の会』 ※2 では即席マジックサークルを創り、マジックショーを熱演。
また、いとこの結婚パーティーでも披露 (それ以来この旦那さんにはマジシャン呼ばわりされ続けている)、 英検2級の面接試験では、面接官の
“Please introduce yourself.”
に応えて
“It's ordinary CD, except that it changes color, like this....”
などと演じたこともある(これのおかげで2級がとれたと言われている)。

得意分野は、強いて言えばカードマジック。
好みはコインマジックなんだけど、これがなかなかうまくならへんねんねぁ‥‥。

そのたの
しゅみ

すきなこと

HP作り。
→ これのことです。やり始めたら止まらない。よく「うっかり徹夜」をやってしまったものです。

釣り。
→ ここ10年程やってない。 ルアーは作るのは一時期好きだったが、釣るのはえさ釣り専門である。 父からの格言 「釣りはスポーツではなく漁だ」 を信奉している。 従って、キャッチ&リリースはまずやらない。

カラオケ。
→ 得意なのは『勝手にシンドバッド』 SOUTHERN ALL STARS、 『大都会』 クリスタルキング。その他 TUBE、STARDUST REVUE、稲垣潤一、八神純子 などを好む。

将棋
→ 此れを為て『ヘボ将棋』と呼ぶなり。

>あとは、XXXとか、△△△、○○○といったところかな‥‥。

このみの
じょせい
う〜ん‥‥。とりあえず、健康的な女性。やせぎすのひとは、きらい。
じょせいれき えっ? ‥‥ むふふ。
結婚しちゃったので、過去のことは、なかったことに。

※1 「関西大会出場」 ‥‥ 高校の小編成部門は当時関西大会までしかなく、 全国大会は大編成部門のみだった。 つまり、スポーツ大会における『決勝戦』ということ。
※2 「音楽と展覧の会」 ‥‥ 私の母校 甲陽学院中学校&高等学校 における、いわゆる「文化祭」 に相当する催し。 基本的に、中学では11/3に、高校では9/23に行われる。