岩波科学「科学通信」2004年3月号 (Vol.74, No.3, P.282)
『コラム:大地の動き・人の知恵』
科学者のたまごに「大陸は動く」
鎌田浩毅 かまた ひろき 京都大学大学院 人間・環境学研究科
(火山学, 地質学) volcano@gaia.h.kyoto-u.ac.jp
大陸移動説は, 20世紀の地球科学最大のトピックスである. 「動かざること山のごとし」という言葉があるが, 大地のかたまりである大陸が動く話は, 小学生にも興味をもってもらえる話題である.
大陸移動説は, ドイツの気象学者ウェゲナーが最初に唱えた考えかたである(1). 彼は, かつて大西洋は閉じていて, ヨーロッパ大陸とアメリカ大陸がくっついていた,
という大胆な説を出した. この考えに, 当時の地球物理学者は難色を示した. 大陸を移動させる原動力が説明できなかったからである(2) .
第二次世界大戦後, 海底の地形を調査すると大西洋のまん中に巨大な山脈が現れた. 海嶺の発見である. くわしく調べると, 海嶺から遠ざかるにしたがって, 海底に噴き出た溶岩の年代が古くなることがわかってきた.
ウェゲナーが思いついたように, 最初, 北アメリカ大陸とヨーロッパ大陸はくっついていた. 二億三〇〇〇万年ほど前, 噴火とともに大陸が割れはじめると, 間には水が入って海になった.
海嶺の火山活動が, 大陸移動の原動力だったのである.
この話は16年ものあいだ, 「大陸は動く」という題で, 小学校5年の国語教科書に掲載されていた. 地震学者の大竹政和氏による書き下ろし作品である(3)
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私は毎年, 文科系の1・2年生向けにプレート・テクトニクスの講義をしている. 大陸移動説にさしかかったところで, 小学校で習ったことがあるという学生が何人も出た.
彼らは当時, いずれも強い印象を持ったようで, 授業の感想文にそのことを記 してきた.
“小学校の教科書で読んだ話が, 今また出てきたのには驚きました. 国語の教科書に大学レベルの内容が出てくるなんて, 小学校の教科書はなんてよくできてるんだろう. それとともに,
ちゃんと科学の好奇心を養うように小学校の教育はできているのだあ, と感心しました. ”(教育学部1回生)
“「大陸は動く」, 私もよく覚えています!高校地理でプレート・テクトニクスをやった時にも, これを覚えていたからこそ, スムーズに理解できました. ”(総合人間学部1回生)
大陸移動説は, インパクトのある優れたテーマである. 大陸が移動した論理をきちんと追えば, 小学生にも十分に理解できる. しかも, 理科ではなく国語の教科書に載っていたのが,
親しみやすかったようだ. プレート・テクトニクスを理解する準備としても, 必要不可欠の教材である.
“大陸が動く話, 私も覚えています. たしか両大陸に同じかたつむりが分布していることも, 根拠にしたのではなかったでしょうか. これを読んで世界観がひっくり返った感じがしたことを覚えています.
”(総合人間学部1回生)
実は, 2004年度から出まわる国語の教科書では, 「大陸は動く」は掲載終了となっている. これにより大陸移動説を知る小学生が, 今後はいなくなる.
そのことに対しても, 学生はこう記している.
“大陸自体が動くという考えは, 小学生ながら驚きました. 教科書から削除されてしまったのは残念です. 小学生の時の国語の教科書の内容はけっこう覚えていて, 私にとって思い出ぶかいものになっています.
それが中・高と進んで, 内容がこむずかしくなるにつれて, 印象が薄れていっているような気がします. ”(文学部1回生)
科学の専門家が初等教育用の読みものを書く意義は, たいへんに大きい. 科学が進歩してきた過程には, たくさんのおもしろい話題がある(2) . 発見にまつわる親しみやすいトピックスを提供できるはずである.
大陸移動説のようなエピソードは, 小・中学生が科学のおもしろさを知るきっかけとなる大切な教材である. 学生がこんなに感動しているのに教科書から消えてしまうとは, 次の世代を担う科学者のたまごを失うようで,
たいへん残念である.
文 献
(1) ヴェーゲナー『大陸と海洋の起源-大陸移動説-』(上)(下),
岩波文庫, 246p.,287p.(1981)
(2) 鎌田浩毅『地球は火山がつくった-地球科学入門』岩波ジュニア新書,
256p. (2004)
(3) 大竹政和「大陸は動く」,
『光村ライブラリー16田中正造ほか』, 光村図書, p.5 (2002)