岩波科学「科学通信」2003年8月号  (Vol.73,  No.8,  P. 846-847)

  『コラム:大地の動き・人の知恵』

数学者岡潔のエッセイを味わう 

     鎌田浩毅 かまた ひろき 

    京都大学大学院 人間・環境学研究科  (火山学, 地質学)

        volcano@gaia.h.kyoto-u.ac.jp

 

 昔の科学者には教養があった、という話をよく聞く。地球物理学者の寺田寅彦や中谷宇吉郎には、岩波書店から全集が出ており、今でも広く読まれている。時代が下って、ノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹と朝永振一郎も、10巻を超える著作集を残している。4人のエッセイを読むと、思考の守備範囲が広いことにまず驚かされる。

 そして彼らほど有名ではないが、もう一人教養にあふれた科学者がいる。1901年に生まれ1978年に亡くなった岡 潔[おか きよし]である。多変数解析函数の研究で世界的な業績をあげ、日本学士院賞と文化勲章を受章した数学者だ。彼は自ら、道元禅師と芭蕉の弟子である、と述べているほど、人文科学の深い造詣に裏打ちされた随筆を残している。

 岡潔には『春宵十話』(1)『春風夏雨』(2)などの名エッセイと、評論家の小林秀雄との対談『人間の建設』(3)がある。これらは、今から四半世紀ほど前に私が大学生だった頃、理科系学生の必読書であった。彼の本を読んで感銘し、数学者を志した私の友人がいた。岡潔が存命で、教育問題などに積極的に発言していたからでもある。

 岡潔と湯川秀樹には、多くの共通点がある。2人とも最も多感な青春時代を京都で過ごし、好きな研究に打ち込んだ。およそ科学上の競争ということから離れて、目の前にある学問の本質に集中した。その頃の様子は、彼らの残したエッセイからうかがい知ることができる。

 2人が並みの科学者と最も異なる点は、意識の下にかくれた無意識が、科学的発見には欠かせない、と指摘したことにある。科学は高度な知性の産物であるから、一見すると、無意識の世界は科学的探求とは無縁のように思われる。しかし、多くのノーベル賞科学者が述懐しているように、大発見の多くはある日突然やってくる。

 偶然の発見を導いたのは、意識の世界ではない。とことん考え詰め疲れ切ってしまった先に、無意識が解答を見つけだしてくれた、という感じである。岡潔は、次のようなエピソードを残している。

 「中谷宇吉郎さんの家で朝食をよばれた後、応接室に座って考えるともなく考えているうちに、だんだん考えが一つの方向に向いて、内容がはっきりしてきた。2時間半ほどこうして座っているうちに、どこをどうやればよいかが、すっかりわかった。2時間半といっても、呼び覚ますのに時間がかかっただけで、対象がほうふつとなってからはごくわずかな時間だった。・・・(中略)

 全くわからないという状態が続いたこと、そのあとに眠ってばかりいるような一種の放心状態があったこと、これが発見にとって大切なことだったに違いない。種子を土にまけば生えるまでに時間が必要であるように、また結晶作用にも一定の条件で放置することが必要であるように、成熟の準備ができてからかなりの間をおかなければ、立派に成熟することはできないのだと思う。だから、もうやり方がなくなったからといってやめてはいけないので、意識の下層にかくれたものが徐々に成熟して、表層にあらわれるのを待たなければならない。そして表層に出てきた時は、もう自然に問題は解決している」(4)

 美しい文章である。ここには創造的な頭脳活動の本質が、簡潔かつ鮮やかに描き出されている。意識の先の世界に対して全精力を傾けている岡潔の姿に、私は感動した。科学の発見は、無意識と意識との間に結ばれた循環回路の目まぐるしい活動から、偶然に授かるのである。湯川秀樹の自伝的エッセイにも、似たような逸話が述べられている(5)。何ヶ月ものあいだ理論と格闘したあと、寝床の中でひらめいたのが、ノーベル賞の対象となった中間子理論であった。

 岡潔と湯川秀樹が青春を送った時代は、軍国主義のもとで日本全体が殺気だっていた時期である。そんな中で彼らは、意識の底にある無意識を少しずつ涵養し、独創的な研究を大成していった。二人の天才的頭脳は、科学的発見の現場に関する貴重な記録を残している。

 近年、中谷宇吉郎の著作集が新たに編まれたのに対して、残念ながら岡潔の著作集は長いあいだ絶版となったままである。私が学生時代に大きな影響を受けたエッセイの文庫本(1)も、今では手に入らない。私は講義の合間に岡潔のエピソードを取りあげることがあるのだが、その度に簡単には読むことのできない学生に対して、申しわけなく思う。

 岡潔は、発見的な頭脳の働きに強い関心を持ち、つねに真摯な思索をおこなってきた科学者である。彼の著作は時代を超えて読み継がれる価値がある、と私は考える。

 

文献

(1) 岡潔:春宵十話、角川文庫(1969) p .179 (絶版)

(2) 岡潔:春風夏雨、角川文庫(1969) p .211 (絶版)

(3) 小林秀雄:小林秀雄全集第13巻、新潮社  (2001)  pp.134-228

(4)岡潔:岡潔集第1巻、学習研究社(1969) p.351  (絶版)

(5)湯川秀樹:旅人-ある物理学者の回想、角川文庫 (1960) p.243

 

 

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