デジュネ・ダミ講演会 2003年3月

 

火山と文化

  京都大学大学院 人間・環境学研究科教授 鎌田浩毅

 

 今日は話を3つ考えております。

 1番目は、フランスにおける火山と文化の話です。火山学は理系の学問分野の1つですが、私の研究テーマでもあります。火山の研究ではどんな事をしているのか、そのあたりをまず紹介させて頂きます。

 2番目は、火山から発展して、地質学と地震の話です。

 3番目は、私の夢についてです。これからどんなことをしたいのか、未来に向けて語ってみたいと思います。

 最初の話ですが、フランス本土には、現在噴火している火山はありません。とうの昔にやんでしまって、活火山はないのです。しかし旧植民地やフランス領には、名だたる活火山がありまして、じつは火山学とフランスは、非常に深い結びつきがあります。

 1991年に雲仙普賢岳の噴火で知られるようになった火砕流が、かつてフランス領マルチニーク島で起きました。カリブ海に浮かぶ有名な保養地ですが、そこで1902年に大規模な火砕流が発生して、2万8千人もの人が亡くなったのです。その時から、火砕流の火山学が世界で最初に始まりました。当時、ラクロア教授が書いたマルチニーク島の噴火の本は、火山研究の古典ともいわれ、火砕流研究の嚆矢となりました。

 そのほかにフランスで火山といいますと、科学大臣を務められたアルーン・タジェフ氏が有名です。火山学者きっての政治家で、フランスの科学技術全般にわたってたいへん影響力のあった方です。テレビ番組に出たり本を書いたり写真集を出したりして、精力的にフランスの火山研究をレベルアップし、多くの人を啓発しました。

 私の友人のフランス人火山学者としては、モーリス・クラフト氏と奥さんのカティア・クラフトさんという方がおられました。タジェフ氏と同じように、火山の噴火を撮影に行き、写真集や解説書を出したくさんの映画を制作しました。モーリスさんはドクターを持っている研究者でもあります。2人は学生時代からの付き合いで、約30年間世界で噴火があればすぐに駈けつける、という方でした。不幸にして彼らは、雲仙普賢岳で亡くなってしまった研究者3人のうちの2人だったのです。

 火山の噴火とはどういうものなのか、見たことのない人がほとんどでしょう。島原市でこれから火砕流が出るかもしれないという時に、映画が上映されました。火砕流とはどんな現象か、警戒体制・避難体制をどうしなければならないか、そのような事態に対処するために、クラフトさんの作った火山の映画を見て皆が学習していたのです。その現場で、何と、当のクラフトさんたちが亡くなるという悲劇が起こってしまいました。これらのエピソードが、フランスと火山のつながりとして想い出されます。

 今日、もう1つお話ししたいのは、フランスにある新しい火山公園の話です。位置はパリの南400km、マッシーフ・サントラル(中央山塊)の中です。クレルモン・フェラン市の更に西10km、シェヌ・デ・ピュイという所です。ここでは、南北25kmにわたって小さい山々が並んでいます。その中に有名な火山地区があります。一番最近に噴火したものでは、6千年前のものがあります。最近といっても、3年前に噴火した三宅島、有珠山のような活火山とは違います。ローマ時代に遡ってみても噴火の記録はない、というやや古いものです。「ピュイ」とは、オーベルニュ地方で使われる山の名詞です。円錐形のちょっとした丘の火山を、「ピュイ」といいます。これは一般名詞ではなく、火山に付けられたローカルな固有名詞に近いようです。

 シェヌ・デ・ピュイで思い出すのは、ハワイのキラウェア火山ですね。ハワイ島では今も噴火していますが、チェイン・オブ・ザ・クレーターズ・ロードという観光道路があります。道に沿って火口が点々と連なっていて、シェヌ・デ・ピュイと感じが少し似ている印象ですね。

 ミネラルウォーターの「ボルヴィック」のラベルをご覧になると、円錐形の火山の絵があります。火山の上には穴があいており、ここに火口があるのです。この絵がまさにシェヌ・デ・ピュイの地形です。火山学の用語では単成火山といいます。これと対になる言葉としては、複成火山というのがあります。

 火山は2つに分けられます。単成火山とは、マグマが地表に出てくる時に、同じところには出てこないものをいいます。これに対して、複成火山とは、マグマが同じ道を使い、何回も噴火する火山です。マグマはだんだん上に積もってきて、山が大きくなるのです。複成火山の典型は、富士山です。マグマが10万年も同じところを出てくるので非常に高い山ができます。

 単成火山の代表がピュイなのです。ここでは南北20kmの範囲に、1回だけ使った火口をもつ小さい火山が点々と残っています。1回出たところがそれぞれ円錐形の綺麗な山になっているのです。ここにオープン・エア・ミュージアム(ピュイ・ド・ドーム)が出来ました。ここは1994年に開業し、1996年には96万人の方が入場したそうです。たいへんに人気のある火山の博物館です。場所はシェヌ・ピュイ・テ・ロンテジという所で、元々はピュイの中央部にある採石場でした。その地域に産する岩石や砂を取って、道路や土木工事に使っていたわけです。今では石材用に削っていた円錐形の火山を町が買い取り、火山を見せる博物館にしています。一種の自然のトラスト運動ですね。ここでは火山体の内部がよく見えますし、歩いていきますと火砕流も見えます。地質の現象がとてもよく見える自然公園です。

 フランス国内には活火山はありませんが、アウトドア・スポーツとして、火山ウォッチングは、バードウォッチングに次ぐ人気です。それは何故かといいますと、タジェフ大臣やクラフト夫妻が、テレビ、映画、解説書で興味深い説明をして下さったからです。彼らの長年の努力で、フランス国民の中で火山に対する認識が高まっていったのです。だからオープン・エア・ミュージアムが開かれた時にも、たくさんの人が訪れて勉強したり、自然に親しんだりしました。自然を大切にする素晴らしい環境だと思います。

 フランスだけではなく、ニュージーランドにも火山のトラスト運動があります。トラスト運動とは、もともとイギリスの湖水地方で始まったものです。ピーター・ラビットで有名ですね。開発から地形を保護し、美しい自然を破壊から守ろうとする運動です。かつてイギリス領だったニュージーランドでは、1851年に、キャンベル卿という方が、トラスト運動を始めました。オークランドの美しい単成火山が、どんどん砕石場として削られていくのはとても忍びない、と彼は考えました。1つの火山は何千年もかかって出来ているのに、僅か数十年たらずで人間の手によって消滅していくのはけしからん、と思ったのです。彼は、神様の創った美しい天然の地形を残すために、私財をはたいて1つの火砕丘を購入をしました。ワン・ツリー・ヒルと呼ばれるその丘は、現在オークランド市の公園になっています。丘の中央には、彼の銅像と石碑が建てられています。

 日本にも同じような方がおられました。1944〜5年に北海道の有珠山が噴火をおこし、立派な溶岩ドームができました。今では昭和新山と呼ばれていますが、もともと個人の土地が盛りあがってできたので、個人の所有物でした。そのままにしていると土建屋さんが削り採ってしまうので、当時、壮瞥郵便局長をしていた三松正夫さんという方が、私財をなげうって買われたのです。その後、色々な方の援助もあり、現在は特別天然記念物になっています。昭和新山のふもとには三松正夫さんを記念した火山博物館があります。

 三松さんは、昭和新山ができるまでの過程を、克明にスケッチしました。この記録は、溶岩ドームがどのようにしてできるかを示すたいへん貴重な資料でして、のちに三松ダイヤグラムと呼ばれています。溶岩ドーム形成に関する世界でも珍しい記録であり、火山学に対して非常に貢献した仕事です。キャンベル卿も三松さんも共にトラスト運動を通じて火山学に貢献された方といえます。

 今日お話ししましたのは、フランスにおける代表的な火山ですが、じつは私は、フランスにはまだ行っておりません。今日の話は、私の友人から聞いたり、自分で調べたりした事なんです。昨年9月にイタリアの火山を研究するために、シチリア島のエトナ火山に行きました。エトナに登りましたら、自分の庭に帰って来たような感じがしました。火山は世界中で共通だからです。火砕流・火砕丘・溶岩ドームを見ておりますと、日本にいるのと同じ感覚になるんですね。自然科学はまったく世界共通だなあ、と思いましたね。

 一方で、火山のふもとに下りますと、美しいところがたくさんあります。カターニアの街にはエトナ産のおいしいワインがありました。古びたレストランでワインを飲んだり食事をとったりしていると、やはりここは日本とはちがうな、イタリアだな、と思いました。

 帰りにミラノに寄り、アンブロジアーナ美術館に寄りました。レオナルド・ダ・ヴィンチの「楽士」など有名な絵があります。ブレラ絵画館には、カラバッジョの見事な絵があります。このような日本とは異質の西洋の古い文化に触れ、素晴らしい思いをしました。一方で、ヴェスビオ山などに入ると、自分の庭みたいに岩石を観察したり考えたり、仕事に没入してしまいます。世界共通の科学と日本にはない文化との対比が、私には非常に興味深かったですね。

 今日は行ったこともないフランスの火山の話をさせて頂いたのですが、見てきたように喋ることができるのも、科学が共通だからですね。写真を見たり論文を読んだりしていたら、すぐにイメージが湧くからです。といっても、実際の火山は、見ると聞くとは大違いで、今度ぜひ実物を見てきたいとは思っております。これが最初のテーマのお話です。

 次は、私のメインの仕事である地質学のお話です。地質学という学問は、皆さんはあまり聞きなれておられないと思いますが、まず普通の人とは、いくつかの点で常識が違います。時間的には、無茶苦茶長い事を考えるのです。私の時間スケールは億年単位です。地球は46億年かけて出来あがっていますが、1億年2億年はざらで、100年ぐらいはほんの一瞬と考えてしまいます。

 南海地震の話をする時には「120年周期だから西暦2030年プラスマイナス20年」などと平気でいいます。これを聞いた方はあっけにとられるようですが、地質学者の時間感覚は基本的には常識をこえて長いと思います。笑い話ですが、オーストラリアは、5千万年後には日本とくっつくことになっている、だから今急いで行く事もない、などと考えます。

 地質学者は、空間的スケールとしても、地球全体の大きさでものを見ます。例えば阿蘇で噴火した火山灰が、北海道まで飛んで行ったりするわけですが、私達にしてみれば、しばしば起こる当たり前のことなのです。しかしそれを学生に話すと「エッ」とおどろきますね。このような阿蘇の噴火は、巨大噴火と言われています。地球上の火山現象には、そのくらいの巨大な規模のものがゴロゴロあります。地球の中心は核(コア)といいますが、3,000kmも掘ると出てくるところです。「火山の根っこ」を探るために、核のある付近ではどうなっているかも考えます。

 地質学では、物を触って考えることが大切です。岩石も必ず手にとって観察します。形を知ることは地質学ではとても大事です。今日、ボルヴィックのペットボトルを、なぜわざわざ探して持参したかといいますと、ここに火山そのものの形が描かれているからです。形のある物を見るだけでなく、触感を知る、色を見る、匂いを嗅ぐ、音をきく、味わう、これらの知覚も、大切に使います。つまり五感を「フル」に使って、火山や地層を見るというわけです。

 例えば、音に関していいますと、瀬戸内海の沿岸には「かんかん石」という石があります。讃岐石、サヌキトイドなどと呼ばれる石でが、叩くと「カーン」と澄んだ音がします。大昔の日本人が石器に使っていたものです。宗教的な意味合いもあったのでしょうね。

 野外で地質を調べる時には、匂いも調査で使います。山に行って岩石をハンマーで叩いた面からは、独特の匂いがします。石を叩いて匂いがするなど想像つくでしょうか。今日のお料理と同じで、石には味も匂いもあります。化石も舐めてみると、見えてくることがあるのです。水が付いた石灰岩は味が違います。もちろん味ですべてを判断するのではありませんが、味も匂いも野外では役に立つということです。自然を認識する時にこそ五感をフルに使う、というのは大変におもしろい見かたではないでしょうか。

 地質学者の仕事が気に入っている点は、フィールドに出てお天道さんの下で仕事ができることです。私などは、日本中を旅行できるので、火山をやっているようなものです。泊まる所はいつも温泉です。温泉に泊まって昼の疲れをほぐしながら一杯やるのはいいですね。私にとって地質学をやりはじめた動機としては、野外の仕事であることと温泉に入れることは大きな理由だったですね。

 地質学をやってもう一つ良かったのは、色とか触感の世界が私の世界を広げてくれたことだと思います。最近、何に関心を持っているかと言いますと、ファッションなのです。イタリアに行った時、ミラノのモンテ・ナポレオーネ通りにあるファッションブランド街で、大半の時間を費やしました。ここはファッションの中心でして、歩いているイタリア男性は滅茶苦茶かっこがよいのです。特に軍人さん、空軍だと思いますが、その制服はブーツカットに濃紺の襟章を付けています。軍人さんですらああですから、普通の男性がかっこがいいのは当たり前だなと思いました。

 色や形や触感に対する感覚を磨くということは、私たち地質学者の場合は岩石を通じてですが、一般の方にとっては、服装を通してではないでしょうか。私が、ファッションやデザインなどに目を向けるようになったのは、地質学で五感を磨いてきたこと深く関連するように思います。

 以前、今村さんに「地質学を極めるのも五感なんですよね」と言いましたところ、「それは女性を極めるのと同じですよ」との返事がきました。五感によって極めるという手法は、未知の世界を知る上でとても大事なツールではないかと思います。感性によって世界を理解する方法です。私たちはもう一度、人間の原始的な姿に戻ったほうがいいのではないか、と思っています。

 歴史をふりかえってみれば、人類はこれまで幾つかの革命を経てきました。19世紀には、産業革命(エネルギー革命)がありました。これには、手足を強くするという意味があります。20世紀に入りますと情報通信革命です。目や耳や口の機能を強くできますね。テレビ、ラジオ、通信、インターネットの発達、これらはすべて情報通信革命だったと思います。

 21世紀に入りますと、そのキーワードは知能革命です。それは「脳の強化」ということです。人間の脳だけができる機能として、機械やロボットが出来ないことをする。これに必要なのはやっぱり五感だと思います。五感のアンテナをどうやって張り巡らし、いかに磨いていくかが重要です。歴史的に見ても、地質学者のしてきたことは、エネルギー革命から、情報革命、知能革命への流れに乗っているのではないかと、私は考えております。

 噴火に出会って経験したことですが、大地の「オーラ」や息吹を直接感じ取ることがあります。いったん火山を見ると、その虜になってしまいます。例えば1986年に伊豆大島が噴火した時、目の前で真っ赤なマグマの火柱が立つという出来事に遭遇したのです。私にとっては初めての噴火でしたが、火山の「オーラ」を強烈に感じました。このエピソードはいつも授業で学生に話しています。

 先ほどトラスト運動の話でもご紹介いたしましたように、人間が何でも地球を変えてコントロールしてしまうということは、いかにも自然の摂理に反していると思うわけですね。私にとって自然は、支配するものではなく、畏れて敬うものという価値観があります。その感覚を培ってくれたのも、火山の息吹とオーラに触れたからなのです。

 最近、火山学者は社会から要請を受けることが増えました。具体的には、2,000年に起きた有珠山と三宅島の噴火で、火山学者が関わることになったのです。避難させるべきか帰宅を許してよいかなどの行政判断に、火山研究者が深く関与しました。私たち火山学者も、好き勝手に象牙の塔の中で学問やるのではなく、火山防災など社会の基盤構造をつくっていくために、もっと貢献しなければならなくなったのです。

 地震をとりまく状況も似ていますね。我々が知りえたことをもっと社会に還元しよう、という方向に最近5年間ぐらいでかなり変わってきました。これについて私自身が経験したことを述べてみます。1995年におきた阪神大震災の時ですが、大阪にいて震度4か5を体験しました。そのころ私は通産省の地質調査所に所属していましたので、すぐあとで調査に行きました。それで分かったことですが、神戸には切り土、盛り土をした場所がたくさんありますね。山を削ってつくった造成地は、元々岩盤が強いからまだ問題はありませんが、切り取った土を盛った所は、軒並み強い揺れにやられていたのです。それは昔の地形図を見れば、すぐ分かります。

 明治や大正に印刷された地図をみれば、昔ここは山であったとか、川であったとかがすぐに分かります。それをみて、現在の地形図と見比べてみると、ここは震度6ではとても耐えられないことがすぐ分かります。六甲山から南に何本ものびている川の縁は、少し小高くなっていますよね。それを自然堤防といいますが、川沿いに土砂が重い岩石を残してちょっとした高まりを作るのです。その上の家は殆ど壊れていないが、それよりも離れた低いところに立っている家はみな崩壊しています。かつて川が氾濫して柔らかい沖積層が堆積したところは、地盤が悪くて家が倒壊しました。川の流れが自然堤防を作っている所では、粗くてしっかりした岩石が詰まっているので倒れなかった。このようなことは、少し地盤の地質を勉強しておれば分かる事です。

 実は、こういう事は阪神大震災の前にも分かっていたのです。しかしたいへん残念なことに、一般市民には伝わっていなかった。自分たちが住んでいる土地についての大事な内容を知っていただく機会がなかったのが、大きな反省点であったのです。

 これから起こると考えられている南海地震に関しても同様です。紀伊半島と四国の沖で起きる巨大地震の事ですが、神戸の地震とは仕組みが全く違います。たぶん一般の方にも、あまり理解されていないと思います。阪神大震災はなぜ起こったかと申しますと、地面に横から力が加わり、その力が耐え切れなくなったところで「バリッ」と破れたのですね。例えば、阪神大震災は、ストレスをかけられた人が最後に怒ったようなものです。

 南海地震のしくみは違います。日本列島のプレートの下には、太平洋のプレートが沈み込んでいます。何百万年も沈み込んでいるのですが、それがある時に跳ね返るのです。ふだんは日本列島の下でおとなしく沈み込んでいますが、ある限界までいくと、定期的に「ポン」と跳ね返る。それが100年か150年の周期で起こる南海地震のしくみです。

 この地震は、先ほどのたとえの怒りだしたタイプの地震より、遥かに規模が大きいのです。跳ね返った地震というのは、ビルが「ゆさゆさと非常に長く」ゆすられるような波です。それが、阪神大震災の時にはあまりなかったのです。あのときは「ビリビリ」と細かくゆれる波だったのです。六甲アイランドにはたくさんのマンションが建っていましたが、倒れなかったですね。液状化現象で何mかは沈みましたが、建物の倒潰はなかったですね。怒り出すタイプの地震のビリビリしたゆれだから、無傷なマンションもたくさんありました。

 今度くる南海地震で長い周期の波で揺さぶられたら、倒れるかもしれない。前回大丈夫だから今回は大丈夫、とは言えないのです。地震の種類が違うからです。それが、これから起こるとされている南海地震の一番のポイントだと思います。そういう事を皆さんにも理解して頂いて、大地震に備えていただきたいのです。

 では、南海地震がいつ起こるかと申しますと、たいへんに難しいのです。これは確率の問題であり、2030年プラスマイナス20年くらいしか予測できないのですね。地震学が進歩していないとか、地震学者がさぼってるとかいうのではありません。地震のおこるメカニズムというのが、決定論ではないからなのです。最近、数学の方でもカオス理論が盛んに研究されていますが、地震がおきる、つまり岩石が割れるという現象には、予測出来ない事が必ず含まれるのです。予測出来ないという事が数学的に予測される、という理論なのです。

 例えば、割れ方についても、あるところで割れ始めたら、方程式で予想できるように割れるのではない。非常にランダムに割れるというのが、地震の割れ方の本質ですね。そうなると、予知出来ないのが地震とすると、プラスマイナス20年は当たり前のことです。では、何もしないで手をこまねいているのかと言えば、決してそうではありません。

 南海地震が起きたことを、起きてから1分以内に知ること。そして3分以内に災害を減らすための行動をおこすこと。できるだけ早く正確な地震情報を出そうとか、3分以内に新幹線を止めるとか、研究は随分進んでいます。実際には、地震が起きる前に、それなりの前兆現象が見られる事もあります。このような予知そのものの研究も進んでいます。しかし、ここで分かっていただきたい事は、地震というのは予知出来ない面もかならずある、という事です。自然には本質的な不確実性がある事を知っていただきたいと思うのです。

 地震と比べると、火山ははるかに予知できる側にあると言えます、それは現象が簡単だからです。少し考えていただければ分かりますが、岩石に力を加えると、どこから割れるか、予測は難しそうですよね。岩石の中にはいろいろな鉱物があり、細かな割れ目があって不均質です。方程式のようには割れるものでもない、と予想できます。

 それに対して、火山の場合はもっとシンプルです。なぜ火山が噴火するかと言えば、地下を割ってマグマが上がって来るからです。無理やり上がって来るので、噴火の前にすこし地面が膨らみます。どの程度膨らむかと言えば、1km先の1mmの盛り上がり程度です。今や技術的に可能になってきましたが、僅かな膨らみをみて、マグマが上がってきたことを判断します。

 次にマグマが上がってくると、「バリバリ」と地震が起きます。無理やり液体のマグマが上がってくるので、特有の地震を起こします。現在の観測網では、これもきちっと捕えることが出来ます。地面からの深さ10kmから1kmくらいまでにあるマグマの動きは、的確に分かります。火山噴火の予知が進歩した結果、有珠山でも三宅島でも予知にかなり成功しました。しかし、地震予知は、正直なところ難しいと思います。

 次に、3番目のテーマですが、私がこれから何をしたいのかをお話ししたいと思います。大きく分けて4つあります。いずれも自分の仕事に関連するテーマですが、1研究、2教育、3執筆、4講演の4つです。

 1の「研究」については、先ほども申し上げました巨大火山活動についてです。地球の歴史上どんな火山が生じて、その結果地球環境はどういう状態になったのか?このテーマに大きな興味を持っています。例えば、2億5千年前、地面の下2,900kmのところで何が起こったのか、などです。巨大な時間空間スケールの話ですね。

 このテーマには、たいへん重要な意味があります。昔、古生代、中生代、新生代という時代区分を勉強されたと思います。中学の理科や高校の地学で習ったことです。この区切りは、古生代から中生代、中生代から新生代と生物が大量に絶滅したために、そのように名付けられたのです。

 最初は、化石の種類が急に変わったから次の時代にしようと決めたのですが、実は古生代から中生代の境目には、巨大な火山活動があったのです。それによって大陸が割れたり、地球がものすごく寒冷になったり、海の成分ががらっと変化したりしました。例えば、それまでにたくさんいた三葉虫や、オーム貝が死滅して、地球史上最大の絶滅事件となりました。それが古生代と中生代の境目なんです。その理由が分かってきたのは最近のことです。

 次に、中生代から新生代へ変わった理由はご存知ですか?ちょうど恐竜が闊歩していた時代です。新生代とは、われわれ哺乳類が現れた時代です。その境の6,500万年前に、直径10kmの隕石が地球に落ちてきたのです。現在では、それが落ちた場所も分かっています。メキシコのユカタン半島には直径100kmもの穴の痕跡があり、そこに隕石が落ちて世界の生物が絶滅したと考えられています。古生代から中生代、中生代から新生代にかけて、激しいイベントがあったのです。

 隕石の衝突が恐竜絶滅の科学的な証拠として確立されたのは、ここ10年ぐらいです。2億5千年前に古生代から中生代に替わった事件の全容が分かったのも、ここ3〜4年ぐらいのことです。そうしてみると、昔覚えさせられた古生代・中生代という言葉も、意味をもってくることでしょう。そういう研究に、今とても興味をもっています。

 第2番目のテーマは社会教育です。教育について、社会に向けていますぐ私にできることは、本を書くことです。昨年6月に、1冊目のPHP新書『火山はすごい』を出しました。今日受付に置いていただいている本です。これを書き上げましたら、幸い出版社から声がかかってきました。現在、新書を2冊書いています。1冊目は岩波書店のジュニア新書です。『地球は火山がつくった』という題名で、原稿用紙で250枚を書き上げたところです。先ほど申し上げた、古生代から中生代に変わった時には巨大な火山活動があったというのがこの本のテーマの1つです。

 地球の環境は主に火山が作ってきたので、巨大火山活動を多くの人に理解してもらおうと思いました。中学生や高校生が「古生代は何億年前」などと意味もなく暗記するのではなく、「地球の歴史にはこんな凄いことがあったんだよ」という事をおもしろく伝えたいと思います。2冊目は講談社プラスα新書です。科学者の文章論という内容から、『名文を科学する-文章はファッションだ』という題名の本をいま書いています。

 もう1つ私にできる社会教育は、講演ですね。2冊ほど本を書きましたら「書き上げた本の内容でいいので、喋ってくれませんか」とのお話をいただきました。大変有難いことと思っています。というのは、本で伝わることと今しているように講演で伝わる事とは、違うからです。トークでしたら科学者としての生き様が全部あらわれるのです。その人間がすべて出てしまうし、隠せないものです。その結果、聴いて下さった人にとって科学が身近になるのは、たいへんに良いことだと思います。私がいま目論んでいるのは、科学の伝導師ですね。古い言葉ですが「ミシッョナリー」です。

 科学は20世紀から21世紀にかけて、ものすごく進んだわけです。携帯電話ひとつ取っても、今は小学生も中学生もみんな持っています。しかし、皆さんの中で、携帯電話の仕組みがお判りの方は、何人おられますでしょうか?携帯電話は難しい物理学と材料工学、量子化学等20世紀のサイエンス全てを動員しているのですね。量子力学とカオス科学、物性論を知らないと理解できませんし、最先端の通信理論なども必要です。現実の世界で小学生も持っている携帯の中身は、我々にとってはブラックボックスなのです。

 科学はどんどん進んでいますが、私たちが実際に知りえていることは、18-19世紀の人間と同じかも知れません。色々なことで、ディシジョン・メーキング(決断)をしていかなくてはならない時に、市民としてちゃんと判断を下せるためには、科学的な知識と素養がいるのです。私がそのことにはじめて気が付いたのも、大学に移ってきた時でした。

 今の学生は何も知らないですね。受験勉強は一生懸命にしますが、もっと広い意味での知識が欠けています。月・太陽・地球環境がどのようにして出来てきたのか、こういうことに関してほとんど知らないのが現状です。また現在の高校では、地学という科目がほとんど開講されなくなっています。理科系の学生は物理と化学で受験をしているので、地学はおろか生物も知らないですね。これから遺伝子操作によってクローン人間が出てこようかという時代に、基本的な知識がなければとても危険ですね。

 私は、科学の伝導師になりたいと思ったとき、話が上手にならなければならないと思いました。面白い話ができることが、伝道師の第一条件です。その師匠が、本日お招き下さいました今村さんです。今村さんに誘われて、色々な会でお話する機会をいただきました。最初、私のしゃべり方はトツトツでしたが、奮闘した結果少しずつよくなったように思います。

 将来の目標は、講演で全国行脚することです。1時間のお話で伝えられる内容は、思ったよりも随分多いと思います。サイエンスの情報だけではなく、ものの見方とか哲学をお話することも可能ですので、講演会はたいへん大事です。自然を支配しようというのではなく、畏れ敬う畏敬型の自然観を、体験をふまえてお伝えすることは、非常に大切なことと思っております。時には、私の話は少し硬いと言われることもあるのですが、そこは今村さんを見ならってぜひ改善したいと考えています。ユーモアあふれたる話をしたり脱線もしなさい、と言われますが、これからの課題と思っております。

 大学に移って6年になりますが、最後に若い人の話をしたいと思います。若い人と付き合って、自分にとっても世界が大きく変わりました。それまでは研究しかしてこなかったのですが、教育についても真剣に考えるようになりました。先ほど今村さんから、私がかつて『論語』についての読書会をしたことがある、というご紹介がありました。今では論語は、私の座右の書になっています。30歳の頃、アメリカ留学の直前に、上司から「論語を読んだことがあるか」と尋ねられました。そのとき、論語がいかに深い世界を持っているかについて初めて教えられたのです。結局アメリカには、日本語の本では論語の本1冊だけ持ってゆきました。アメリカの滞在中、夜よく論語の本を読んでいました。非常によい経験をしたと今でも思いますね。

 論語は、科学者にとっても政治家にとってもビジネスマンにとっても、心の栄

養になる本だと思います。この中には人間の「本質」が書かれています。そういう知恵を、学生にも伝えたいと思いますね。

 いまどきの学生は、論語といってもなかなか通じません。まして高校で漢文も習わなくなっているので、理解してもらうのは昔よりも難しいのですが。学生は受験した科目しか知らないのですが、それでは困ります。学生だけでなく社会人もそうですが、理科系の人は理科しか知らないし、文科系は文科しか知らない。そのような状況を、なんとか改善したいと思っています。ですから今考えていますことは、教養の復活ですね。科学の伝道師と教養の復活、これは私の二大テーマです。

 私の目標は、科学と人間のよい関係をつくり出すことです。科学は、我々の生活に深く入り込んで、既に我々を支配しているけれども、良い面と悪い面があります。人間として五感を大事にしながら、良い方向にもってゆきたいと考えています。科学の仕事をしながら、自然は人間を遥かに超えるものという価値観を、一人でも多くの人と共有したいと思っています。「科学と人間のよい関係」というのは、私にとっては一生の課題です。それを若い人と一緒に取り組んでいきたいと思います。ご静聴ありがとうございました。

 

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