農産物貿易の持続性に関する総合人間学的考察

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佃 誠玄
(1期生)


要旨
 第1部では、窒素・リンの循環という視点から世界各国の農産物貿易について分析を行った。人口・国土面積・農地面積あたりの貿易収支を比較すると、輸出国ではアルゼンチン・アメリカ合衆国といった農業国が上位に入った。輸入国ではシンガポール・香港などの小国家で非常に高い値となったが、国土面積1万Km2以下の国を除くと、窒素ではオランダ・ベルギー・韓国・イスラエル・日本という順になった。これらの国では飼料用作物の輸入が貿易量の大半を占めていた。さらに、貿易・肥料消費・漁獲を合計した国土面積・農地面積あたりの合計フローを計算した結果、1万Km2以下の国を除くとオランダ・デンマーク・イギリス・ベルギーの順となった。過去の研究成果のレビューから日本では自然環境に由来する国土面積あたりのインプットが1年あたり、窒素:35Kg/ha、リン:0.45Kg/ha程度と推定されるが、貿易による日本への1年間のインプットを国土面積で割ると、窒素:29Kg/ha、リン:3.4Kg/ha、肥料・消費・漁獲を含めたインプットの合計では、窒素:62Kg/ha、リン:14Kg/haと計算される。窒素については、インプットの合計と溶脱率(〜30%)から陸水への流入量を推定し、陸水による河川水の年間供給量で割ったところ、河川水の窒素濃度は環境庁による最大許容濃度を超え、日本では人間活動にともなうインプットが環境容量を超えていると結論された。リンについては自然界での動態に関する知識が不足しており、どのような影響があらわれるかは不明である。他の輸入国については、1万Km2以上の国についてみると、日本を超えるインプットをもつ国が主として西ヨーロッパに集中していることが分かった。これらの国でも地下水の硝酸態窒素による汚染が深刻化している。輸出国については、肥料消費を超える量の農産物を輸出している国が窒素で8ヵ国、リンで4ヵ国存在した。輸出量を農地面積あたりに換算すると自然界での陸地へのインプットと同程度の輸出となっている国も窒素で5ヵ国、リンで3ヵ国存在した。地力の減退による生産性の悪化が懸念される。

 第2部では戦後の日本及び世界における農業生産・農産物貿易の変化を通観し、今後の食糧需給についての予測を行った。その結果、日本・世界のどちらについても、現在の農産物貿易は戦後急速に増加したものであり、さらにその増加量のほとんどが飼料用穀物によって占められていることが分かった。これは経済成長にともなう畜産物消費量の増加が原因と推察された。また、主要農業国の環境保全型農業へのシフトによる生産性の低下、アジアを中心とした途上国の急速な経済成長と畜産物の需要増加によって、今後の食糧需給は逼迫すると予想される。

 国内環境を保全し、国際関係の安定化と安定した食糧供給を維持するために、日本も食糧自給に努める必要があると考えられる。

本文
  • 序論
  • 第1部 農産物貿易および人間活動が自然環境に与える影響の評価
    ・序論
    ・第1章 自然界における元素の分布
    ・第2章 窒素およびリンの生物地球化学的循環
    ・第3章 地球全体の窒素・リン循環の定量的評価およびその中での人間活動
    ・第4章 貿易による各国の窒素・リン・カリウムの収支量の計算
    ・第5章 肥料消費および漁業活動を含めたフローの計算
    ・第6章 日本における窒素・リンのフローと人間活動
    ・第7章 世界における窒素・リンのフローと人間活動
    ・まとめ
  • 第2部 戦後の日本および世界における農産物貿易の変化と今後の展望
    ・序論
    ・第8章 日本における農業生産・農産物貿易の変化
    ・第9章 世界の農業生産・農産物貿易の変化と食糧自給の意義
    ・まとめ
  • 総合考察
  • 謝辞
  • あとがき
  • 参考文献
  • 巻末表