第1回京大変人講座のご案内

変人がいなければ、世の中は進歩しない。変人はイノベーションの素。変人の意義を京大が熱く語る!

挨拶:山極 壽一(京大総長) 講師:神川 龍馬(総合人間学部助教/生物学) ナビゲーター:越前屋俵太(聞き手)

日時:5 月 8 日 ( 月曜日)18:30-20:00   
場所:国際科学イノベーション棟 5F シンポジウムホール

すぐに現実世界に戻りたくない、あなたに。。
■ 変人BAR (懇親会)

変人 BAR(懇親会)20:30-21:30
常識を超えるために、ちょびっとアルコール   軽食をご用意します
参加費 2000 円 於:カンフォーラ

どなたでもご参加いただける公開講座です。 主催: アートサイエンスフォーラム/変人講座実行委員会 協賛: 学際融合教育研究推進センター 関西 TLO 京大生協 協力 : 学術研究支援室

当日のレポート

5月8日(月曜日) 第1回 京大変人講座を開催しました。 講座は300名を超えるご参加をいただき、変人BARも80名以上のご参加をいただきました。ありがとうございます。

ただ、この講座の趣旨説明が十分にできていなかったために、ちょっと期待と違う、というご感想をいくつかいただきました。説明不足であったことをまずお詫びします。 この変人講座は、世の中に変人がいなければならない理由を語ることを第一の目的にしています。京大のとんでもない変人を紹介することを第一目的にしているわけではありません。というわけで、特に変人講師を集めているわけではありません。

今回の神川さんは研究者として実にまっとうな人ですから、神川さんやその研究に対して「どこが変なの」というご意見はごもっともです。今回の講演の趣旨は、生物の世界はとてつもない多様性があって、我々が知っている部分はごくわずかであるということだと思います。つまり、我々が知っている範囲で「常識」と思っていることは、全体の中では常識ではないかもしれない。ということは我々が思っている「変」ってなんだ?「普通」ってなんだ?ということになります。そして、生物はどんどん進化してしまうので、昨日の「変」は、明日の「普通」になるかもしれないし、「普通」が「変」になるかもしれない。

これは、我々と無関係のどこかの別世界の話じゃないんです。我々もこういう「生物」の一員なんです。そして、生物はこんな無節操な進化を繰り返しながら生き延びてきました。もし、彼らが「我々はこうあるべきだ」と考えて特定の生き方にこだわったら、生き延びられたでしょうか?これを、我々の人間社会と重ねて想像してみると、すごくないですか?生物の中で、我々人間だけが特別な存在じゃないんです。こんなこと意識して生きてるでしょうか?自分は清く正しく生きていこう、と思ってませんか?「清く正しく」ってなんでしょう? 「京大の変人」というと、思わず吹き出してしまうような面白い人や、突拍子もない荒唐無稽のことを言い出す人を思い浮かべるかもしれません。でも、京大人と言えども研究者である限り、研究者として極めてまともに考えて行動します。それでも、その結果として世間の人々からみて「変な」考えに至ることはよくあります。研究者として大事なのは「世間の常識にとらわれない」ことであって、ウケ狙いをすることではありません。したがって、世間から変人に見える人でも、本人はまじめなつもりですし、変人と言われることを必ずしも好みません。ウケを狙うこともしませんから、必ずしも面白くないかもしれません。どちらかと言えば地味で頑固です(本人は変だと思ってませんから)。

ウケ狙いの変人は笑い飛ばして終わりですが、こういう地味で頑固な(世間から見ての)変人が言うことは、よーく聞くと大きな衝撃を受けたりします。この衝撃はその大胆さから来るものではありません。「変だ」と思ったことが、実はそれまで自分が信じていた世界と整合的につながってしまい、思わず納得させられてしまうからです。私は本当に重要な変人はこういう「地味な変人」であると思います。神川さんの話にもあったように、生物の進化は何かとてつもない発明によって起こるのではなくて、たまたまあったものを使ったり、ちゃっかり盗んだりすることで起こる。そして、それを積み重ねていくうちに、それが主流(普通)になってしまったりします。これは、地味な変人の生態によく似ていると思うのは私だけでしょうか? 昨今では、本来何が起こるかわからない「研究」に対しても、綿密な研究計画と確実な成果が要求されるようになってきました。一方で、卓越した大胆な発想に投資する、という名目で、単なる思い付きのような研究に巨額な資金を投じてしまったりしています。これは、最悪です。あまりに変な発想はたいていうまくいきません。常識の中でもなく、また常識からあまり離れすぎていない中途半端さが「変な研究」のツボです。 そんな中途半端なものは面白くないじゃないか、とおっしゃるかもしれません。そうです。研究はテレビのバラエティー番組じゃないので、笑って終わってしまう面白さは追及しません。冒険家が極めて慎重であるのと同じで、生き残る変人は慎重なのです。死なない程度に60点分くらいは常識的に考えて、後の40点分でチャレンジする。どこまで攻めてチャレンジするかという判断が地味な変人がしびれるポイントです。 巨額な資金を投じた研究ほど100点満点が求められますから、そこに、ちょっとでも目的外の研究を持ち込むことは、かなり勇気がいることだと思います。コバンザメのように確実に成果が出せるプロジェクトにくっついて、目的外の研究をするチャンスを虎視眈々と狙うのも一つの変人の作戦ではないでしょうか? 京大変人講座では、この「中途半場に地味な変人」というのがキーワードになる気がしてきました。(これは、アンケートを読みながら思いつきました) 最初から講座の完成形があるわけではありません。完成してしまったら終わりですから。 どんな講座がよいのか、これからも試行錯誤しながら続けていきたいと思います。 今後とも、よろしくお願いします。